剣神社、批評の基本的な知性を霊域論から考える

前回の記事では、霊域が自然と人間の力線が交わる特殊な場であり、近代以降、懐古趣味的なロマンティシズムに覆われた自然と人間の関係を問いなおすあたらしい概念だと、新熊野神社という観阿弥・世阿弥とゆかりある神社を例に書いた。

新熊野神社、自然と人間の関係性を問いなおす霊域論

自然と人間、とりわけ、近代社会以降の人間はその科学技術のちからで以て自然と対立する――。 と、学校教育と受験勉強、あるいは宮崎駿のジブリアニメで無批判に学ぶが、表層的にはただしく、本質的には誤った考えだ。

スティーブ・ジョブズと創造性の狂気説【御供養記事】

この記事は、2014年3月19日に当時運営していたブログで掲載した文章のリライト版だ。今でも読む価値のあるものをドメイン処分の時期がきたので移動している。

灯争大戦の日本版イラストから漂流する美意識を問う・箸休め小話

僕の好きなことを適当に書き散らすというコンセプトのプチ連載・箸休め小話、カニエ・ウエストの聴きすぎで音楽に少し疲れたので話題を変えよう。 Magic: The Gathering というカードゲーム、正確にはそのデジタル版 MTG Arena に最近ハマっていることはご愛読頂いているあなたには周知のとおり。

オタクの内面、オタク文化の終わりにぼっちの俺が本気出して考えてみた

オタク――。 非伝統的な大衆文化を愛好し、特定の分野に属する専門知識と繊細な趣味を非職業的にもつものたちが2000年代後半から増えはじめ、ニコニコ動画とコミックマーケットが大きな機能を果たし、アニメを中心とするメディアミックスと2次創作の生態系が活性化したことを前回観た。 今回はその内面を掘り下げて定義をより精密にしてみよう。 そのためにはまず、有名な、あまりに有名なあるゲーマーのスクリーンショットからはじめる。 ――押井守だ。  

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