批評連載2:ゲーマーの歪んだ仮面を数える

前回書いたように、ゲーム文化の担い手は従来の「プレイヤー」の枠に留まらず「ビュワー」にまで広がった。 あるいはそう認めざるをえない状況が出現した。

批評連載1:ゲーム文化の担い手はプレイヤーを越えている

近年、ゲーム配信文化の隆盛とともに「ゲーマー」の裾野が急速にひろがってきた。 「ゲーマー」とわざわざ括弧付きで書いたのは配信文化の担い手がかならずしも実際にプレイする者にかぎらず、配信者や実況者のプレイングを観るのが好きな者、いわゆる動画視聴勢も含むからだ。

批評論:高評価アクション『デスループ』の退屈さを課題構造から考える

先日、2021年に最も高く評価された作品のひとつ、Arkane Lyon による『Deathloop』の世間的な評価を調べていたら興味深い批判記事をみつけた。