もどかしさの正体
GOTY確定級作品の問題
今年の期待作ラッシュの火蓋を切った『ホグワーツ・レガシー』はとにかく恐ろしい作品だ。
原作者の発言に端を発する不買運動にもかかわらず、ホグワーツ城の緻密な作り込みと再現度の高さによる圧倒的な没入感で今年初の大ヒット作となった。その初週販売数は『エルデンリング』を大きく上回り、発売2週間後には1200万本の記録を達成したという。
配信実況界隈では、熱烈なファンにかぎらずさまざまなひとのプレイする姿が見受けられた。話題性が重視されがちな今年の GOTY では多数の部門でノミネートされるのはまちがいなさそうだ。
もっとも、本作を「恐ろしい」と形容したのは数字の跳ねかたでも没入感というふわっとした印象でもない。
僕自身はお世辞にも熱心な原作読者とはいえなかった。小学生の頃からまだ流行前の小説を読んでいたものの、高校時代は硬式野球部という強制収容所に囚われていたため『不死鳥の騎士団』までしか読めていない。また、映画版もほとんど観ていないのでハリポタ世界の知識は小中学生の頃の記憶で止まっているのが実情だ。
そのうえで、原作ファンを沼に沈める恐ろしいゲームデザインを一般ユーザーがどのようにプレイし、いかに評価するかは批評の書き手として薄氷を踏む怖さがある。
つまり、『ホグワーツ・レガシー』はその口当たりの良さよりもはるかにとがった作品なため、公平な視点で評価することが難しいのだ。キャラゲーというか、熱烈なファンコミュニティがすでにある作品はそのぶんプレイヤー間に期待とスキルとスタイルの幅が生まれやすいため公平な見方がとりづらい。本作を絶賛するメディアが圧倒的に多いのはそのリスクを避けたいからだろう。
結論からいうと「ホグワーツライフ・シミュレーション」を楽しめるなら掛け値なしの傑作だ。
しかし、それ以上のこと、たとえば工夫しがいのある戦術性、手強い敵をうち倒す達成感、プレイヤー主導の物語、オープンワールドならではな世界を生きている感覚をもとめると、痒いところに手が届かないもどかしさが強く残る。ひとことでいうと、つまらない。
本作の評価をそこまで言い切るにはまず、『ホグワーツ・レガシー』がどういうプレイングを刺激するゲームかを「面」でとらえる必要がある。その分析を土台に、戦闘システム、物語、オープンワールドの3つの主要な論点にしぼって考えてみよう。

課題構造と報酬のいびつさ
まず、『ホグワーツ・レガシー』の課題構造を分析する。
課題構造とは、プレイヤーに何を強制し、何が許容されているかを分析するための概念だ。これにより、プレイヤーの振舞いを個人の体験にもとづく「点」ではなくその可能性もふくめた「面」でとらえられるようになる。
本作の場合、物語を進めるメインクエストの課題として用意されているのが複数の魔法をもちいた集団戦闘とパズルだ。
僕は難易度ハードでプレイしたが、防具を最大強化するまでは歯ごたえのある戦闘難易度をオープンフィールドで楽しめた。しかし、メインクエストではだれかと一緒に戦うことが多く、いくつかのボスにはラクな弱点が用意されているため基本的にはだれでも解決できる難易度だろう。戦闘システムは本作でもっともユニークなため、難易度と戦術の問題はあとでくわしく分析する。
プレイヤーの振舞いをきめるのは用意された課題だけではない。プレイヤーはときにみずから課題を立ち上げてその試行錯誤を創造的に楽しむ。タイムアタックやロールプレイ、縛りプレイ、建築などがそうだ。そうした自主的な課題は開発が遊びの幅として許容し、ツールを用意し、奨励することでゲームの自由度と面白さが増す。前者の解決必至なものをソリッドな課題、後者の自主的なものをリキッドな課題と僕は呼びわけている。
問題は、本作がオープンワールド・アクション RPG の形はとるものの、そこからイメージされる自由度の高さはないことだ。実際、物語を進める以外に何ができるかというとプレイヤーキャラクターのお洒落とハウジングぐらいだろう。要するに「ホグワーツライフ・シミュ」に興味がないと楽しめるものがない。
この自由度の乏しさは、本作の課題構造のいくつかの特徴に由来している。
ひとつは、フィールド上に散りばめられた膨大な数のアクティビティだ。
ちょっとしたパズルを解いて宝箱を開ける宝物庫にくわえ、物語を進めることで解放されるマーリンの試練や星見台、風船割り、着陸台など、本作ではとにかくアクティビティに事欠かない。それは、プレイヤーが何をしたらいいかわからなくなることを忌避し、彼ら彼女らが自主的に立ち上げるリキッドな課題の余地をアクティビティで埋め尽くしたかのようである。
もちろん、そのひとつひとつはお世辞にも面白いといえる代物ではない。ただ見つけるだけ、図形を合わせるだけ、時間内に壊すだけなど、難易度はどれも低く、いくつかのパターンを覚えたあとはマップからアイコンを消すだけの単純作業になる。
さらに悪いことに、これらのアクティビティの報酬が偏っていることも問題だ。「ホグワーツライフ・シミュ」にまるで興味がないと端的に「しょぼい」と感じるだろう。
まず、防具のはいった宝箱を得られる宝物庫は率直にいってやる意味がない。
というのも、装備品はプレイヤーレベルに応じたランダムドロップ/スポーンなため、ユニークなものがなく、レベルが上がればすぐ弱くなり、宝物庫の箱が「伝説級」を確定では落とさないからだ。そもそも、ホグズミードのグラドラグス魔法ファッション店でも「伝説級」は売っているためパズルを解いてまで宝箱を開ける必要がない。
また、アクティビティはその回数で固定報酬を得られるチャレンジシステムに対応しているが、その報酬に偏りがあるのも問題だ。
もちろん、マーリンの試練のようにインベントリを拡張する有用なものもある。しかし、その多くは防具や箒のユニークスキンなためお洒落が好きでないと価値がない。特に、固有の武器や能力を得たり強化したりして、キャラクターの成長の実感が得られる定番の RPG に慣れたひとほど報酬を「しょぼく」感じるだろう。
そして、おそらく唯一楽しいといえるのが無法者の野営地だ。
このアクティビティは雑魚敵が守る宝箱をあけることで完了する。その中身はだいたい、杖のスキンやハウジングで使用する出現呪文、防具の特性を変えるレシピだ。一般ユーザー目線ではせいぜい特性のレシピだけが嬉しい報酬といえる。もっとも、有用な特性は少なく、後述するように本作の戦闘難易度はかなり低いため必要な特性をひとつ入手できればそれで済んでしまうが。
要するに、アクティビティの報酬として宝物庫は美味しくなく、チャレンジはスキンばかりで、防具の特性は集めがいがない。アクション RPG としてプレイヤーキャラクターの成長を感じられる報酬デザインではないのだ。

特殊な想定客層による奇妙さ
まとめると、本作の課題構造として、メインクエスト以外では膨大な数のアクティビティが用意されていることに特徴がある。残念ながらそれらはちょっとしたパズルや探索を要求する単発ものなためお世辞にも面白いとはいえない。
また、それらの報酬がプレイヤーキャラクターの成長を実感できるようにデザインされていないことも特徴だ。そのため、防具や杖や箒の豊富なスキン、飼育場での出現呪文の収集に惹かれないひと、つまりは「ホグワーツライフ・シミュ」に興味がないひとへの動機付けがかなり弱い。
その結果、プレイヤーのリキッドな課題の余地をアクティビティで埋めた本作の課題構造は、「ホグワーツライフ・シミュ」に興味がない一般プレイヤーにはあまり魅力的でなく、やることは多いがやれることは少ない奇妙な作品になってしまっている。
実際、チャレンジ報酬をほとんど入手しきるぐらいにはやり込んだが、それは僕がキャラメイクや外見の着せ替えになみなみならぬ情熱をもつからで、もしそうでなかったらとおもうと本作の歪な課題構造と報酬デザインには正直ゾッとする。
もっとも、裏返していえば「ホグワーツラ