ティルトの克服
ティルトというゲーマー用語をご存知だろうか?
もとはポーカーの言葉で、感情のコントロールを失って合理的な判断が下せなくなり、過度にアグレッシブな姿勢をとり続けてしまうことをいう。
ランク制の対戦ゲームにハマったことのあるひとなら、失ったランクポイントを取り戻すために睡眠も休憩も明日の予定もかなぐり捨てて必死にインキューしつづけた記憶があるはずだ(大抵の場合「借金」は翌日以降に持ち越される)。
僕自身はポーカーで真剣に遊んだことはないが、いちばん最初に熱中した『オーバーウォッチ』でも、『リーグ・オブ・レジェンド』でも、あるいは『MTGアリーナ』でも、試合中にあたまが急速沸騰するのを感じたことが幾度もあるし、机を叩いて憂さを晴らしたことさえある。
10年間も野球をムダに続けてしまった経験に誓っていうが、いわゆる伝統的なスポーツでも試合中に冷静さを見失うことはあるものの、ティルトという現象はそれとは全くの別物だ。実際、試合中に敵に煽られることも、味方に暴言を吐かれることも、運要素で負けることもほとんどない。
以前書いたように、勝敗を真剣に競う(つまりレクリエーション目的でない)スポーツは数多くある趣味のなかでも敗戦の不快感を呑むという意味では特殊な楽しみ方だ。
ましてや、最近では「若者のゴルフ」とも喩えられる『エイペックス・レジェンズ』のようなチーム対戦ゲームではオンラインゲーム特有の(だいたいはティルトに端を発する)ハラスメントに遭遇することも稀じゃない。
ティルトを理解することはたんにプレイヤー自身のパフォーマンス向上に繋がるだけでなく、オンラインゲーマーという他者理解にも役立つ。
これは邪推だが、オンラインゲー厶が嫌われやすいのは過去にハラスメントに遭った、ゲーム配信中のコメント欄が酷い、身近な人物がゲーム中に叫びだしたり物に当たるのを目撃したなど、何らかのかたちで他人のティルトに巻き込まれた経験があるからだろう。
「僕のせいで失敗した時、参加してた人がめっちゃ殴ってきたことありますよ。フレンドリーファイア(仲間同士でもダメージが入る仕様)とかはないからダメージは無いものの、やっぱりヘコみますよね」
以前書いたように、ゲーム文化は「ビュワー(動画視聴勢)」という新しい担い手を生みながらその裾野を広げている。
ゲーム配信と相性が良いのはコミュニケーションの楽しさを組み込める『ヴァロラント』や『ファイナルファンタジー14』のようなオンラインゲームで、マッチングシステムによる対戦&協力が前提の作品が次なる覇権をめざして日々開発されている。
ティルトを理解するとは、ゲーム文化の負の面の核心を理解することであり、自分がハラスメントの加害者や傍観者にならないための予防だ。
オンラインでは相手の顔が見えず、その場かぎりの細い関係性だからこそ怒りや苛立ちがハラスメントに変わるのはだれにとっても容易だ。この文章を書いている僕でさえ例外ではない。

オンラインで起こりうるハラスメントを悪質なものから順に独断と偏見で挙げていこう。
まずはスワッティング。
名前のとおり、虚偽の緊急通報で嫌がらせのターゲットの家に武装した特殊警察チームを送り込むことをいう。
もっとも有名な死亡事故は「コール・オブ・デューティ」シリーズでの味方同士の口論が発端となり、煽り合いの末に過去の住所を伝えたことが原因だが(つまり警察隊から誤射されたのはまったく無関係な人物)、スワッティングは住所を知っている必要があるため主なターゲットは有名配信者やセレブリティなどだ。
もちろん、今の日本ではそうかんたんに重武装の警察隊は来ないし、住所を教えないかぎり起こりえず、だいたいは配信視聴中の愉快犯であるため今回のハラスメントの例としては考えない。
もっとも、スワッティングは人気配信者が自宅バレから視聴者に凸られるのとかたちは同じなため、今の日本の配信文化にもおなじ危険性があることは付け加えておく。
次はトロールだ。
トロールとは、チーム対戦ゲームなどで味方の行動を意図的に妨害したり利敵行為を繰り返したりして課題達成の邪魔をする「荒らし」のことをいう。
私見だが、オンラインゲームでのトロールにはいくつか種類がある。
・試合前から負ける意図がある場合
・試合途中で負ける意図をもった場合
・試合途中で勝ちを諦めた場合
・意図せずに利敵行為を繰り返す場合
対戦ゲームのランクをやらないひとは驚くかもしれないが、この世界には意図的に負けたい迷惑なプレイヤーが一定数いる。
理由はさまざまだ。たとえば、底辺ランクのアカウントを売るため、自分より下手な友だちと楽しくプレイするため、相手を蹂躙して楽しみたいためなどだが、共通するのは敗戦を繰り返して自身の適正レートよりもはるか下のランクを得ようとする、いわゆる「下げラン」をすることだ。
もちろんこんなチームメイトを味方に引こうものならたまったものではない。
ランクポイントが減るだけならまだしも、降参機能がなかったり投票が退けられたりするゲームでは30分以上も味方の迷惑行為に耐え続けなくてはいけないからだ。
名前はださないが一時期『ヴァロラント』で、プロ選手、元プロ選手、有名配信者の活動自粛が相次いだのは、低ランクのサブアカウントを保持し、実力を偽ってより低いレート帯で身内とパーティーを組んでプレイしていたことが発覚し、結果的にこの「下げラン」疑惑がかかったことによる。
次に、試合途中で負ける意図をもった場合だ。
これも原因をひとくちにいうのは難しいが、だいたいは試合内容に萎えたり味方と口論になったせいで他人に嫌がらせして楽しく負けようという発想に切り替わったせいだと思われる。
今でも忘れられない僕の反省体験だが、『オーバーウォッチ』をむかし北米サーバーでプレイしていた頃「おれ、スマーフだからお前らをキャリーしてやるよ雑魚どもwww」と味方を煽るいきりプレイヤーとチームになった。
ちなみにスマーフとは、自分の適正よりわざと低いランク帯に入り浸ることで、キャリーとは、MVP的活躍でチームを勝利まで運ぶことをいう。
つまり、自分は隠れ上級者で、雑魚狩りして気持ちよくなりたいからお前ら足を引っ張るなよと釘を刺してきたわけだ。
実際、前半戦はかなり優勢で折り返せた。
が、その活躍の大部分はかれの言葉に発奮したほかのチームメイトによるもので、彼のプレイヤーとしての存在感は皮肉なことにほとんどなく、最初の威勢も消え去っていた。
そして数十秒間のハーフタイム、残念キッズの空回りをみんなで黙殺すればよく、そうすべきだった。しかしたんなる出来心か、試合の流れに調子付いたのか、僕はつい軽い気持ちでチャットしてしまったのだ。「で、だれがスマーフだって?」と。
これが良くなかった。
このひとことにキッズは奮起し、おどろくべき執念と奇策をもちいた妨害工作で見事逆転負けをもぎとったのだ。
軽い気持ちでチャットをしてはいけない、僕が人生初のオンラインゲームから最初に得た教訓だ。ときにプライドは全てに優先する場合があるのだから。
この例はゲームを壊してはいるがまだ「かわいい」で済む範囲かもしれない。チャットファイトとティルトによるトロールは残念ながら対人戦ゲームではありふれた風景のひとつだからだ。
しかし、本筋から逸れるものの、有名人や人気配信者のマッチングに入り込み(通称スナイプ)、配信画面で嫌がらせをしてその反応を楽しむ愉快犯の悪質さと過激さはもう少し世間に知られてもいい。
日本では特に『リーグ・オブ・レジェンド』がその治安の悪さで有名だ。
味方が戦っていてもながめるだけ、タワーなりをたたけば終わるのにそれもやらない。
この人はゲームに勝つことを目的に