カフェプレスの抽出の極意
真夜中のコンビニ店員として赤裸々な労働事情を分析的に書いてもきた当批評ブログでは、新型コロナウイルス禍での職場や生活環境の変化も記事にしているのはご存知の通り。
今回は、東京都内の珈琲屋でドリップマンとして働きながら詩作活動もされている友人のなゆた創さんにお話を聞いた。
先の見えないコロナ禍の暗闇で私たちはいかにして美味しい珈琲を愉しめるだろうか?
Goto地獄のコンビニ夜勤で働く僕をエーペックスが救っている話
どうも、職場の疲れを毎日のエイム練習で癒している僕です。 前回書いたように、コロナ禍の来客減少で売上が前年の7割前後に落ち込んでいた勤務先もGoToキャンペーン様サマで一時期は9割弱にまで回復しました。
羊谷:一般の消費者に飲食物を提供するお店に従事する者として、コロナ禍での消費傾向や労働環境の変化を日々感じます。まず、なゆたさんの知る限りで今珈琲屋がどういう変化を被っているか教えてください。
なゆた:まず、お客さんの絶対数は減りましたが、東京都内に限ればイートインで飲食されたい方もまだ根強くいらっしゃいますので、ソーシャルディスタンスの保ち方やマスクの装着、来店時の消毒のためのこまめな液の補充などの感染予防対策が今まで以上に増えましたね、どのお店もそうでしょうが。その甲斐あってか、同業者の方々からお話を聞くかぎり珈琲屋がクラスター化した事例はまだないようです。
羊谷:飲食店としての珈琲屋を考えると、カジュアルなチェーン店などは複数人の歓談の場になりやすいけど、本格志向のお店は場の沈黙が保たれやすいというか感染リスク自体はさほど高くない気がしますね。
なゆた:私が勤めているお店は商品自体のクオリティは高くても立地の関係から町内の家族連れの方も普段はいらっしゃりますが、やはり、今の緊急事態宣言下という状況を鑑みて外出を控えておられます(※2月収録)。ただ、私が知るかぎり今苦しい窮状に陥っているのはどちらかというと高級志向で、珈琲やケーキ類のテイクアウト販売をせず、自家焙煎であっても珈琲豆の販売をしていないお店です。都内のある隠れ家的なお店に立ち寄った際、店主さんが常連風の方に「今は持続化給付金でしのげているけど、コロナ禍が長引くようならウチも畳むことを考えないとな」とぼやいているのを聞いてしまいましたね。
羊谷:つまり、多角的な販路と商品を用意していなかったお店ですね。
なゆた:今の在宅生活を奨励されている世情を鑑みると、珈琲豆のオンライン販売をメインに活動されているところ、たとえば以前私がテイスティング批評を書いた借金玉コラボの Mustache Coffee さんなどはコロナ禍のダメージを比較的軽減できている方ではないでしょうか。
羊谷:僕がコンビニ店員として日々感じるのは、コロナ禍で飲食物の消費傾向が変わったことです。たとえば、僕の職場で扱っている紙パックのコーヒー牛乳にはいちばん安くて不味い雪印とブレンディ、そして、ほんの少し高くて普通な白バラの3種類があり、コロナ禍以前は廉価がウリのブレンディが圧倒的に売れていましたが、去年の秋頃からずっと、平時ではいちばん不人気だった白バラがパック飲料全体で最も売れています。店舗ではなく地区単位で観ても白バラの上昇トレンドは変わらないですね(※2月時点)。もちろん、外国人観光客の激減で消費者層自体も変わりましたが、原因はやはり在宅時間が増えたことかと。つまり、外食や会食の機会が減ったぶん、テイクアウトや自宅で愉しむ飲食物がよりプレミアムなものに変わり、珈琲でいえばお気に入りのお店で良い豆を買って自宅で淹れるという趣味のカタチに、あるいはそういうお店の支え方に今後変わっていくと観ているのですが……。
なゆた:そうですね。私の働いている職場でもちょっと太めに仕入れた高級な珈琲豆をオーナーさんが直々に焼き、町内でもここは美味しいとわかってくださっているカジュアルな方から関東圏のマニアな方までよりプレミアムな豆や直接契約で仕入れているケーキ類のテイクアウト販売が増えています。珈琲豆のオンライン販売自体は2000年代初頭からこの業界では流れが生まれていて、コロナ禍以前から大きな販路のひとつになっていましたが、やはり、オンライン対応がすでに出来ているお店はこのコロナ禍の変化にも強いなという印象です。
羊谷:ですよね。緊急事態宣言がたとえ解除されてもソーシャルディスタンスを保つという考え方はある程度守られ続けていくわけで、だから今日はコロナ禍に適した珈琲との付き合い方として自宅でもより手軽にかつ美味しく味わうためのノウハウをプロの方に聞きたくてこの企画を持ち込んだんですよ。
羊谷:では、単刀直入に聞きますが、今まで出来合いのもので済ませていたひとがより手軽にかつ美味しい珈琲を自宅で淹れるとしたらどういう方法がありますか?
なゆた:選択肢は色々あって、珈琲を淹れることにどこまでこだわるかで話は違いますが、大前提として私はコーヒーメーカーでも十分に愉しめると思っています。たとえば、スペシャルティコーヒー系のお店の豆……袋を開封したときに香りの花がぶわっと広がるタイプはコーヒーメーカーでも豆の質の違いがハッキリとわかります。たとえば、以前批評を書いた GESHARY COFFEE さんのものはコーヒーメーカーで淹れてもプレミアムな感動が得られますね。
羊谷:そもそもスペシャルティコーヒーは今時の高級・高品質な豆の総称みたいになっていますが、厳密にはどういう意味なんです?何かこう、スペシャルな感じは伝わってきますが(笑)
なゆた:まず、スペシャルティコーヒーは何かというと、「香味特性に生産地の気候風土や品種由来の優れた個性があり、なおかつ雑味や異臭といった欠点要因の少ないもの」です。より厳密には、CQI(コーヒー品質研究所)やSCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)等の団体が認定するカッピングテスト有資格者による官能テストで一定水準以上の得点を出した豆がそう呼ばれます。これに付随し、栽培から出荷にいたる品質管理の優秀さ、農園や区画、品種などのプロフィールに透明性があるトレーサビリティ、一定の品質を維持可能なことを示すサスティナビリティなどの評価項目もあります。つまり、シングルオリジンという言葉とよく一緒に語られますが、スペシャルティコーヒーという概念自体に「単一の生産国、生産農園、生産区画において優秀なコーヒー」が含意されています。
羊谷:なるほど。僕の批評論的に考えると、シングルオリジンという概念はややブランディングに寄ったものに映ります。つまり、理屈で考えれば珈琲豆を選んで、焼いて、挽く前にブレンドの工程がありますが、シングルオリジンというブランドはこの創造性が入る工程を「節約」できます。もちろん、全ての珈琲提供者に技術と創造性があるわけではないのでこの「節約」にも意味はありますが、スペシャルティコーヒーという制度的なブランディングの外部にあるものの方がより美味しい一杯を作りうる創造性の余地を理屈の上では感じるのですが。
なゆた:個人的にはシングルオリジンを創造性の節約とする視点には驚きを覚えます。作り手として、単一農園・単一品種のポテンシャルをどれだけ高く引きだすかもきわめて理解と技量を試される作業ですし、同じ豆でもコーヒーマン毎の解釈でアプローチが千変万化するため、突き詰めればブレンドとはまた異なる奥深さがあります。
しかし、シングルオリジンにブランディングの側面がないと言ったら嘘になりますね。生産国や農園、品種の名前といった記号により付加価値が生まれ、時には実際の品質や価値とは無関係に消費を促進する材料にもなりますから。また、ブレンドこそ作り手の技術と創造性がより高く問われるという羊谷さんの考え方も理解できます。実際、一杯のコーヒーを作るための知識や技術、センスがより多角的に問われるのがこの作業。同じ豆でもシングルオリジン向けに焙煎する時とブレンドの一部として焙煎する時とでアプローチを変える必要がありますし、配合にもシングルオリジンとして出すにはいまひとつ決め手に欠けるがブレンドではむしろ全体を補完する役割をもった豆などを見極めて使うこともあるでしょう。ブレンドの技術についてもすでに様々なメソッドがありますが、未だに個々のコーヒーマンたちに開拓され続けている広大な沃野といえます。
ただ、ブレンドにはより優れた味を創出するためのものともうひとつ、低価格かつ均一な品質を生みだすためのものがあることも無視できません。実はコーヒーにおいて前者のような創造的なブレンドは近年になるまであまりおこなわれていませんでした。たとえば日本において、珈琲工房HORIGUCHIや丸山珈琲店といったスペシャルティコーヒー専門店が登場する90年代以前までのブレンド観は万人向けの無難な味を作ることを主眼に置き、突出した個性ある香味を味わうにはシングルオリジンのほうが尊ばれていた時期がありました。ごく一部の店を除いての話ではありますが。そういう意味で、スペシャルティコーヒーという高品質なシングルオリジンによって創造的なブレンドの裾野が広がった側面もあるというのが私の見解です。
とはいえ、スペシャルティーコーヒーはあくまで良いコーヒーの指標のひとつに過ぎません。私は主にそうした界隈から批判されがちなエイジングコーヒーや、カップのクリアさに欠けるため品評会ではあまり高得点には繋がらないものの、香味特性は一際尖っている豆なども好きですし、そういった豆を取り扱うお店に行くとわくわくします。また、主にブレンドで苦みやボディ感をだすために用いられるものの、単独での香味としては一般論的にアラビカ種のものに劣るとされるロブスタ種も良いものは単品で飲んでも楽しいものです。スペシャルティなどと標榜していなくても優れた選定眼と技術で良質なコーヒーを作り続けている職人は日本全国におられるので、最後はご自分の感性を信じてお店を選んでほしいです。だって、コーヒーって嗜好品ですからね。
羊谷:話をもどすと、たとえば僕の家で使っているエスプレッソ専用のマキネッタはかなり便利なので重宝しています。細挽きの珈琲豆と水をセットして火にかけるだけですし、沸騰したお湯の圧力で抽出するだけの道具なのでマシンよりもずっと安い。まあ、エスプレッソが日本ではあまり一般的な飲み方ではないのでお勧めはできませんが。ペーパードリップはどうでしょう?
なゆた:個人的には日本人好みの珈琲を淹れるのには一番適していると思いますし、一般家庭の主流の抽出方法でしょうが、美味しく淹れるにはちょっとコツが要りますね。
羊谷:日本人好みのコーヒー?
なゆた:そうです、食感があまりドロッとしていなくてクリアなものですね。抽出成分で考えると、羊谷さんが仰ったエスプレッソや後で紹介するフレンチプレスの抽出では微細な豆の粉とオイルが混じることで全体的にマイルドになり、マスキングがかかった感じになりますが、ペーパードリップは香味成分を紙で選択的に抽出しているぶん、良くも悪くものマスキングがなくなって香味を感じやすくなります。なので、香りや味わいの複雑さをハッキリと味わいたいなら個人的にはお勧めですね。
羊谷:そのクリアな香りと味わいを素人がペーパードリップで淹れようとしたら難しいんですか?
なゆた:そうですね。クリアな珈琲を淹れるためには結構高級な道具をいくつか用意しないといけないですし、テクニックも多少問われます。なので、お手軽に美味しく淹れるにはフレンチプレスや直火式のマキネッタ、あるいはコーヒーメイカーの方が素直に幸せになれるでしょう。ちなみにカフェプレスで淹れたものは、ペーパードリップに比べると粉とオイルがよく混ざりますので若干の粉っぽさとまろやかな口当たりが特徴です。上手く淹れられればもちろん珈琲豆の香味もよく感じられます。
羊谷:それは面白そうですね。フレンチプレスで淹れるのに何かコツはありますか?
なゆた:一応、私なりに作ったフレンチプレス向けのレシピがあります。いくつかのポイントさえ押さえればまろやかでクリアなコーヒーを作れます。まず、以下のものを用意してください。いずれもさほど高価なものである必要はありません。
- コーヒーポット
- フレンチプレス
- 攪拌用の箸やスプーン
- 温度計
- キッチンタイマー
- キッチンスケール
粉の量はマグカップ1杯分=300ml で16~20g
なゆた:まず、コーヒーの粉はペーパードリップ向けとされる中細挽きを使用してください。具体的なイメージとしては主にザラメ糖ほどの粒、そこに多少細かいものが混ざっている感じです。ミルをお持ちでない方はお店で「中細挽き」、あるいは「ペーパー用で」とお店で粉にしてもらうと良いです。粉の量はマグカップ1杯ぶん(300ml)で16~20g、その後は杯数毎に10g前後増やしていきます。
淹れる際の湯温は93℃~83℃
なゆた:次に、やかんや電気ケトルで沸かした湯をコーヒーポットに移します。この際、カフェプレスとカップに湯を注いで温めておきます。淹れる際の湯温は93℃~83℃で調整してください。そこまで数字にこだわらずとも、浅煎り、または購入後日にちの経った豆であれば、だいたいやかんからポットに湯を移してひと呼吸置いたくらい。中煎り、または購入後14日以内の豆であれば、ポットの湯をやかんに戻してまた移したくらい。深煎り、または焙煎して3日以内の膨らみがいい豆はこれを2往復したもの。このぐらいざっくり捉えつつ、気分と好みで微調整してください。湯温調整の基準は “煎りの度合>鮮度” で考えれば、そう大きな失敗はないはずです。
タイマーを4分にセット
なゆた:ここからは抽出のポイントです。温めておいたカフェプレスのガラス容器に粉を入れ、揺すって面を均します。次にタイマーを4分にセット、湯を注ぐ直前にスタートしてください。まずは蒸らしの工程です。粉に湯を浸透させ、香味成分を引き出しやすくする作業をこう呼びます。粉の中心から外周へ、湯を点滴のようにポタポタと垂らしながらじっくり満遍なく濡らしてゆきます。
今、“点滴のように” とさらりと言いましたが、この淹れ方のいちばん難しいポイントがここです。正直、回数をこなして習熟するほかないのですが、可能なかぎり筆者が行ううえで心がけているいくつかのコツを紹介します。
蒸らし:点滴注ぎをしながら円を描く
なゆた:まず、ポットを持っている側の脇を軽く締め、手首を柔らかくするよう意識します。ポットを握るとき、親指は添えるだけ。何なら離してしまってもかまいません。そのくらいの意識で握ると手首が自由になり、微細な角度調整がしやすくなります。そうして、ポットの注ぎ口に湯が溜まるくらいの角度でいったん固定します。
初心者にとって難しいのは “点滴注ぎをしながら円を描くこと” です。なので、ポットはまわしません。回すのはフレンチプレスの容器の方です。容器を回しながらその微細な動作で注ぎ口に溜めた湯がポタポタ落ちるのを意識してください。多少線になっても致命的な失敗にはなりません。なお、容器をまわすので、水平かつ広めの台の上でやること、プレス側の取っ手がさりげなく邪魔になるのでそこだけ気を付けることが大事です。あまり無理やりな動かし方は禁物です。
本抽出:ガラス容器の壁面に沿って注ぐ
なゆた:注ぎ終えたら約20秒程度、粉の表面から漂う香りがなんとなく薄らいだ気がするところで本抽出、必要な分量まで湯を注ぐ工程に入ります。本抽出の最大にして唯一のポイントは “ガラス容器の壁面に沿って注ぐ” こと。その理由は粉を踊らせないためです。
紅茶のジャンピングを思い浮かべてほしいのですが、コーヒーの粉も湯のなかで浮動したり対流したりすることでより多くの成分が引きだされます。が、その動きが激しければ激しいほど、美味しい成分のほかに雑味につながる成分もまた強く引きだされます。特にフレンチプレスはペーパードリップ方式ほど成分を濾過しないので、クリアでまろやかな味わいにしたければ可能なかぎりこの動きを抑制した注ぎ方が重要となります。とはいえ、これもシンプルながら初心者にはややハードルが高く、かつ静かな注ぎを気遣うあまり時間をかけてしまいがちなので、ここでも筆者なりのコツを紹介します。
壁面伝いに静かに注げて、なおかつ量多めでスムーズな注湯が可能になる注ぎ口の置きポイント。それが、フレンチプレスの注ぎ口の付け根あたりです。ここに注ぎ口をあてて注湯すると格段に柔らかくスムーズにいけます。ただし、やかんや広めの注ぎ口のポットではこれでも難易度が高くなるので、初心者の方は細口のポットを購入されるとよいでしょう。
浮いた粉の層を少しだけかき混ぜる
なゆた:お湯を必要な分量まで注いだとき、上に厚い粉の層が島のように浮いてきます。実はこの島をそのままにするかちょっとだけかき混ぜるかで味のタイプを変えられます。そのままにすると限りなくペーパードリップに近いクリアなコーヒーになり、カフェプレスの粉っぽさが嫌いな方におすすめですが、香味が薄くなりがちなため物足りなさを感じる方もいらっしゃるでしょう。
個人的なおすすめはちょっとだけかき混ぜる方式です。攪拌用のスプーンやへらなどで浮き島の部分を平らに崩してあげます。抽出液に混ぜ込むのではなく、上だけを攪拌するのがポイントです。こうすることで、ドリップコーヒーのようなクリア感を彷彿とさせつつも、カフェプレス特有のコーヒーオイルがもたらすまろやかさが適度に感じられると良いとこどりのコーヒーに仕上がります。そしてもちろん最後にふたをし、既定の時間が過ぎたら金網フィルターをゆっくり押し下げて抽出液を濾したら完成です。
以上、若干中級者向けではありますが、やると結構楽しくなるカフェプレスの美味しいコツです。基本の一歩先の美味しさを求める貴方におすすめします。
羊谷:うーん、「基本の一歩先とは?(白目)」が僕の正直な感想ですが、今回教えていただいたコツを僕がある程度修得できた頃にまた貴重なお話を聞かせてください。次回は、そうですね、湯温管理と美味しさの関係はかなり沼りそう(笑)なので、美味しい珈琲屋さんの見分け方と良質な豆の買い方でお願いします。本日はありがとうございました。