ビースティーボーイズを尊敬する理由はその音楽性の高さとは少し別のところにあると前回書いた。
予告通りあるバンドの話をする前にまた別の横道に逸れてみよう。
ヒップホップ界の帝王カニエ・ウエストだ。
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ヒップホップは奇妙に屈折した音楽ジャンルだと常々感じる。
最下層階級の保守的な土着さと結びつきやすい一方で、ブレイクビーツの着想からしてそうだが、既存のものを自己流に壊し編集して新しいものに作り変えるという実験精神がある。
ビースティーズは身振りとしてその土着さをパンクのぶっきらぼうなアクセントを加えて演じ、音楽的には実に真摯な態度で作品を作り続けた典型的な例だ――少なくとも僕にはそう聴こえる。
フリースタイルダンジョンというラップ対決番組が日本では人気らしい。
らしいというのは、僕が熱心な視聴者ではなくあまり面白いとも思わなかったからで、黒髪のオールバックにサングラスというなんとも古風な出で立ちの人気MCが、男としての生き様がより格好良いからという理由でジャッジの票を集めていたのがなんとも印象深かった。
人間の土着さ、保守性とはそういうものだ。
話を戻そう。
ビースティーズに顕著なヒップホップの矛盾した両義性を、彼らの人気に翳りが生じたあとに体現していたのが僕の好きなアウトキャストだろう。
日本ではアルファや昔の Ice Bahn が思い浮かぶ。
降神の志人はこのヒップホップの両義性をより芸術の側に、Tha Blue Herb はより土着さに寄せて両立させていたという興味深い見方もとれそうだ。
アウトキャストのその両義性による必然的な空中分解後、同郷のアトランタから出てきたヒップホップ界の帝王カニエ・ウエストはどうだろうか?
5、6年程前、僕の知人がカニエにはヒップホップ特有の泥臭さがないから嫌いだといっていた。
大事なことだからもう1度言おう、カニエは泥臭くないから嫌いだそうだ。
◯◯がないから嫌いというのも不思議な話(好きじゃないならわかる)だが、プロデューサー出身で自身や仲間の作品のアートワークも手掛けるカニエはたしかに高度な洗練を誇るといえそうだ。
たとえば、GOOD Music という彼のレーベルの所属アーティストをフィーチャーした Cruel Summer や、2013年のアルバム Yeezus のミニマルでシックなアートワークを想い返してみよう。
音楽でいえば、2016年に発表され、シングルカットは未だに発売されず、ミュージックビデオも制作されていないものの比較的高く評価され愛されている(僕もそれなりに好きだ)神への信仰を謳った Ultralight Beam はまさに美しいという形容がピッタリだ。
が、本音をいうと、イーザス以降のカニエの制作には、控えめな言い方をすれば僕は付いていけなくなってしまっている――僕の趣味にあわないのだ。
2010年発表の My Beautiful Dark Twisted Fantasy はタイトルの詩的さからもわかる(?)ようにイーザスとならぶ代表作であり歴史的傑作といって良い。
肌の色がちがう双子のように、あるいはブルーハーブと志人のように土着さと芸術性の比重がキレイに異なっているものの、ヒップホップ史上類をみない豪奢さと独創性の高みを誇る音楽作品としてカニエ・ウエストの帝王としての気炎を音楽史に刻みつけた。
が、それ以降の彼のクリエイションはどうもパッとしない印象を受ける。
ツィステッド以前も世評に反してかならずしも(つまり僕的には)評価に値する楽曲ばかりとはいえないものの、New Workout Plan や Jesus Walks などヒップホップ史に名を残す作品を世に送ってきたが、イーザス以降の彼の作品はたしかに知的であり海千山千のものとは違うものの、どうにも地に足が付いていない感を拭えない。
ひとことでいえば、ヒップホップの矛盾した両義性のバランスが崩れ、頭でっかちな、下半身を失い知的におもしろいだけの、要するに音楽の原初的な喜びに欠けた作品ばかり産んでいる。
カニエ独特の豪奢さの迫力もめくるめく独創的なアイデアの連続もそこでは見る影もない。
実際、全盛期の Power や Black Skinhead に次ぐ代表曲と呼べるものが、イーザス発表後約5年が経った今もなおもつに至らないのは無視できないだろう――Spotifyの再生回数的には妹分のリアーナとポール・マッカートニーと組んだ FourFiveSecounds がそうだが、全く聴くに値しない駄作なので前述のウルトラライト・ビームが後期の代表曲として認められることを祈っている。
カニエの本当の名曲をいくつか時代順に挙げておくので興味があるひとはぜひ聴き比べてみてほしい。
結局、素晴らしいものを作り続けることはきわめて難しいのだ――ヒップホップの帝王を以てしても、たとえね、まあ、カニエの場合はバナナ・プティングの食べ過ぎかもしれないけれども、いやマジメな話、心も壊しているからね。