まじ卍なリリック考察
「Moment Joon ってラッパー知ってる? めちゃくちゃやばいからとりあえず聞いてくれよ」
しばらく会ってなかった友だちが、電話口で慌て気味に言う。ぼくは内心(ラッパー?ああ、暇さえあればいつもお互いに罵り合ってる野蛮人のことか)とか思いながら、でもそこまで言うならと仕方なく、本当に仕方なく、Moment Joon の「マジ卍」を聴いて、忌憚なき感想を友だちに伝えることにする。
マジ卍、って言葉は、一部のヤンキーや言語感覚に若干の狂いの生じているJKのあいだで一時期流行っていた。これをタイトルにするなんて、Moment Joon という人もきっと軽佻浮薄に違いない。お気楽な曲を期待しながら再生ボタンを押してぼくは、しかし、流れ出す怪しげなビートに困惑することになる。
JK おっさん 主婦 みんなマジ卍
彼女と手つないだままデートに行ったるわ 靖国
戦争起こした奴ら死んじゃって良かったね おやすみ
ふーん、けっこう刺激のある言葉が出てくるのね。まあでも、露悪的な表現ってのは、よくよく見たら幼稚性の裏返しに過ぎなかった、ってこともあるし……。
帰れーって叫ぶボイス 秋葉原のハーケンクロイツ
スマホの中は「艦これ」 戦争とセックスがしたいオタクボーイズ
官邸の前は寂しい アベはまた詐欺師
ラッパーってやつは今日も言うことないから歌詞に入れたBitch
ナチスのシンボルでもある鉤十字(ハーケンクロイツ)を、歴史的反省もろもろを無視して無邪気に流行言葉にしてしまう情けない無教養や、現実に運用された軍艦と二次元美少女が悪魔融合した ”艦娘” に忘我する人々を並べあげつらうことで、的確に日本の状態を描写する。そしてその矛先は、同業のラッパーへも向いている。へぇ……。
みんな頭がマジ卍
最後に FUCK YOU 三浦瑠麗
国際政治学者の瑠麗氏は2018年、毎週日曜に放送されている(主にお笑い芸人たちが、思いついた意見を交換し合うというユーモラスな)お昼の情報番組にて、北朝鮮のテロリスト分子がソウルや東京に潜んでいて、特に大阪にはいっぱいいる、との見解を示した。ビートには、番組出演時のものと思われる瑠璃氏の音声までご丁寧にサンプリングされている。
わざわざ言うまでもないことかもしれないが、ぼくはこの Moment Joon というラッパーが好きになった。
その旨を友だちに伝えると「じゃあ、こんどはこっちを聴け」とのことで教えてくれた「SIMON(Jab)」という曲をこれから聴くことにする。
どうやらこの曲は、フリースタイルダンジョンへの出演でも有名な SIMON JAP というラッパーへのディス曲らしい。数年前にラジオ番組「WREP」で対決企画が催され、そのときに制作された曲なので純粋なビーフではない点には注意が必要だが、とにかく聴いてみよう。
(フリースタイルダンジョンとは、かつて日本中の罵り合い愛好家の熱視線を集めていた尊敬すべきMCバトル番組のことである。現在は、二度の違法薬物摂取を経て、フリースタイルティーチャーという不思議な番組に「トランス」した。フリースタイルダンジョン時代の名勝負「呂布カルマ VS R-指定」に興味のある方は過去の記事をおすすめします)
分かんないよ(どうした?)聞いてみたよ(SIMON?)ざっと(ああ)
くすぐったい(ふふふ)どこにあるのアッパーカット(なかったよね)
そう、俺はファイトクラブ一発だけ ところでお前は何発あてたっけ?
なあ教えて
冒頭、Moment Joon は二人に分裂しておどけてみせる。ファイトクラブというのは当時もっとも有名だった Moment Joon 自身の楽曲のことだが、ここでは「一発屋さん」という否定的な意味を逆手にとり、「アッパーカット」や Hook に登場する「メイウェザー」という言葉によってボクシングの意味を加えて見事なカウンターに変えていてうまい。
SIMONちゃん見たらなぜ教育が重要か分かる(なぜ?)
賢い子は挑む前に自分の度量をはかる(ああー)
頭悪いやつはラップなんかさせないべき
知能が低いからネタも一次元的(そんなこと言わないでよ)
一見 SIMON JAP に同情的な引用内の丸括弧も、もちろん Moment Joon 自身が歌っているので、すばらしい煽り性能になっている。また、SIMON JAP 側からのディス、「ヨン様大好きなブスのオナラ嗅ぎながら一緒に冬のソナタあの世で見とけよ再放送」に対しては、
韓国人だから韓国ドラマ レイシストちゃうの?
お前のようなおっさんは男はつらいよ(渥美清ィー)
と、レイシズムに対してエイジズムで応戦する。ここから感じさせる教養の高さと機転に、ぼくは好印象しか抱かない。ちなみに Moment Joon は、大阪府在住の韓国人である。
YoYo! お前よりお金持って もっともっともっとやりまくってる(おえー)
それはお前の価値観 俺なら首吊ってる
あまりにも鋭利な言葉ばかりが耳に飛び込んでくるので、本当に鼓膜が危ない。
じつはこの「SIMON(jab)」へのアンサーとして、SIMON JAP に「悪魔の生け贄」という楽曲が存在するらしい。友だちに薦められたわけではないが、仕方ないので、今度はこの曲を聴いてみることにした。そして先に白状してしまうなら、ぼくはこの曲を聴いたあとから未だに、SIMON JAP への好感を抑えることができずにいる。
SIMON JAP は、Moment Joon の強烈なディスの影響で負った心の傷を埋めるためだろう、架空のMoment Joon を脳内に創造するに至った。脳内の素直で少し弱気な好青年の Moment Joon は、SIMON JAP が求めている言葉を発してくれる。以下引用は、SIMON JAP が、Moment Joon になりきってラップしている。
今目の前にいんの本人ですし、怖じ気づき、ゾンビMC