借金玉、珈琲のブレンドやってるってよ
気付けば Twitter のタイムラインに現れる青い熊のアイコン。発達障碍者向けのライフハック本とSNS界隈でのアグレッシブな論客ぶりで有名な彼こそが、借金玉という人物だ。
しかし、彼がかつて飲食店を経営していたほどのグルメガチ勢であり、しかも自家焙煎コーヒー専門店とコラボしたブレンドを自ら発案していたりすることはどの程度知られているだろうか。少なくとも私は最近はじめて知った。一応インターネットコーヒー語りマンの末席を汚す存在としてチェックしないわけにはいかないという話である。
そんなわけで。今回のコーヒーレビューは Mustache Coffee さんから発売されている「借金玉コラボブレンド三種」……「もうだめな夜のために」「シャキッ! ブレンド」そして「これを飲んだら人生を始めよう」を筆者自らドリップ抽出、テイスティング批評していく。
果たして、これを飲めば人生を始めることが出来るのだろうか?
ところで、借金玉という人物についてご存知の読者は一定数おられることと思うが、コラボ先の Mustache Coffee についてあらかじめ知っていた人はどれほどだろうか。少なくとも私は知らなかった。なので、簡単に紹介しておく。
Mustache Coffee は千葉県千葉市のみつわ台エリアに店舗を構えるスペシャルティコーヒー専門店だ。スペシャルティコーヒーの定義についてはひとまず「主に品評会などで優れた成績を残した、産地由来の豊かな香味の特性を持つコーヒー」としておこう。あまり深堀りするとそれだけで記事が一本書けてしまうので。
店舗を構えたのは2018年と若く、それまではネット通販を主体に展開していたらしい。沿革にあるコーヒー屋になるまでの経緯は赤裸々で初々しく、店としてのこだわり等もいわゆる “スペシャルティコーヒー専門店” という界隈のなかでもひたすら基本的なことを語っている。
ブログ記事を参照しても、奇をてらった独自理論などの “個人店にありがちなオカルティズム” と無縁である。
端的に言って、素直な優等生タイプである。正直、あの借金玉氏と企画商品を組んでいるとは思えないほどに。
一見して相反する熊と髭が衝突して生まれたコラボブレンド。筆者の期待と不安はいよいよ高まってきた。
さて、ここから借金玉コラボブレンド3種について筆者自らドリップしての観賞レビューを書いてゆくが、そのうえで重要な前提条件を三点ほど共有しておく。
①これは豆じたいの品質を鑑定するために行うカップテストではなく、すでに飲料用としての完成を目指して焙煎、ブレンドされた豆を鑑賞しておこなう批評である。
つまり、客観的な指標や手続きによらない、あくまで主観的な審美にもとづいた評価であることをご了承願いたい。
②ドリップ抽出に関する機材環境およびその方法について公開する。
テイスティングはあくまで筆者個人の感性に基づくが、その評価にまつわる筆者側の機材環境やドリップスタイルを開示することで、情報に一定の客観性を持たせることを狙いとした。
③可能な限り、豆に適したドリップを心がける。
たとえ優れたドリップスタイルでも、豆と相性の悪い方法を選べばいくらでも不味くなるし、これを以て酷評に繋げるのは不当と考える。なるべく店側の推奨するスタイルを踏まえながら、筆者の機材環境と経験則を合わせて多少のアレンジを加えたものを採用した。
以上、前置きが長くなってしまったが、始めよう。
~機材環境~
- ミル:カリタ ナイスカットミル
- ドリッパー:ハリオ V60 101 樹脂製
- ペーパー:ハリオV60用101ペーパー 酸素漂白
- ポット:タカヒロ 雫
- サーバー:ハリオV60レンジサーバー(360ml用)
- スケール:ハリオV60ドリップスケール
- 温度計:タニタ TT-508N
~ドリップスタイル~
ドリップはセットの初回購入の際に同梱された説明書きをベースに組み立てた。
・湯の温度帯は説明書きにおけるブレンドごとのおすすめに準拠(もうだめ:89℃ 人生:90℃ シャキッ:92℃)蒸らしは点滴で一度に10g前後で、粉のコンディションに合わせて適宜調整しつつ注ぐ。濾過層全体に湯が行き渡り、最初のエキスが一滴落ちるか、落ちないかの塩梅で止める。
・本抽出は中央にひたすら細い湯を注ぐ。粉面がひたひたになる前に一寸止めながら、140ccまで継ぎ足してゆく。最後はエキスを落としきる前にサーバーからドリッパーを外す。
①「もうだめな夜のために」
豆表面は深めのロースト香。土壌や草を思わせるニュアンスをベースに、マンデリンらしいクリーミーで動物的な油脂分の匂いが漂う。粉にするとナッツ感のなかにトロピカルフルーツのような甘酸っぱい香りが立つ。
ドリップされたコーヒーの香りはうっすらとマンゴーを思わせる。味は芯のある苦味が第一印象で来たあと、その下地を支える酸と甘味が徐々に姿を見せる。
ここまでは素直に好印象だったものの、冷めてくると酸が前景化。やや後味に濁りを覚える。
②「シャキッ! ブレンド」
豆表面の色味と匂いからしてかなり浅い。穀物感のなかにオレンジや干した杏子のようなニュアンスがほのかにある。粉にすると穀物感が強調され、ライトロースト独特のうっすら甘い匂いがする。
コーヒーの香味はほぼグレープフルーツのそれに近く、苦味も酸味も柑橘系のそれを思わせる。これが冷めてくるにしたがい味の輪郭がはっきりしてきて、分厚いクランベリーのような酸と適度なタンニンの渋みが出る。ローストの浅さにもよるかもしれないが、比較的カップの濁りは控えめである。
③「これを飲んだら人生を始めよう」
豆、粉ともにサンドライ精製風の典型的なワインやベリーを彷彿とさせる香りが立つ。もうだめブレンドに比べて多面性はあまり無い、よく言えばわかりやすい個性をしている。
カップに注がれたコーヒーの香りもそのキャラクターは変わらない。味は明るい酸とほどほどの渋みが主体。前のブレンドよりも飲み口が軽く、ややアフターテイストが伸びる。ただ、冷めてくるとややカップの濁りを感じるのが玉に瑕だろうか。
焙煎は総じてスペシャルティーコーヒー専門店らしい、高温短時間焙煎によるビビッドな香味表現をきわめて素直にやっている印象を受けた。同時に、そうした焙煎にありがちな飲み頃のピークの早さや、苦みや酸がシャープに立ちやすい傾向も分かりやすく出ている。良くも悪くもカテゴリー内の優等生というのが筆者の評である。
また、借金玉氏のブレンドデザインについては、3種ともにサンドライ系の華やかさを入れ、分かりやすく美味しいと思わせるあざとさに商売人のクレバーさを感じる反面、それ故にカップのクリーンさやアフターテイストの伸びに欠ける設計となっているのがとても彼らしいと感じた。賢くツボを押さえているけれど、何処かB級感が拭えないセンス。それが借金玉というキャラクターにふさわしい“味”ではあるだろう。
ただ、当初の予想よりも好感の持てる仕事をしていたことは正直に申し上げておきたい。一見イロモノじみているが、中身は本格派と言って差し支えない。少なくとも、
「これを飲んだら、人生を始められる」
……と、感じられるほどには。