グーグル検索は危険だ、ウェブの偏った情報を泳ぐ上級者向け検索テクニック

Google 検索は危険だ。 ウェブの情報は真偽不明で、正確にはその情報の信憑性を担保する責任ある主体が明示されてなく、一見親切そうにみえても実は広告だったり企業案件だったりフェイクニュースや偏向記事だったりする。

Netflixドラマ『ボクらを見る目』批評的感想、強姦魔のスティグマが奪ったもの

批評にはためらいや懊悩が付きものだ。 言語という借りものでしか思考を現せない以上、1度表現してしまえばもう2度と自分の管理下にもどることはない。

琉歌に宿るもの、芥川龍之介と琉球文学を結ぶ精神

一度は離れた琉球文学にふたたび興味を示したきっかけを次回に書くと言いましたが、その出来事は曽祖母の葬式という湿っぽい話なのでやめておきます。夏は背筋の凍る怪談が、冬は心あたたまる恋バナが映えるのを思えば、湿っぽい話を湿っぽい季節にするのはあまり粋じゃない。話にも旬というものがありましょう。

剣神社、批評の基本的な知性を霊域論から考える

前回の記事では、霊域が自然と人間の力線が交わる特殊な場であり、近代以降、懐古趣味的なロマンティシズムに覆われた自然と人間の関係を問いなおすあたらしい概念だと、新熊野神社という観阿弥・世阿弥とゆかりある神社を例に書いた。

新熊野神社、自然と人間の関係性を問いなおす霊域論

自然と人間、とりわけ、近代社会以降の人間はその科学技術のちからで以て自然と対立する――。 と、学校教育と受験勉強、あるいは宮崎駿のジブリアニメで無批判に学ぶが、表層的にはただしく、本質的には誤った考えだ。

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