東京・日比谷発の高級種専門店を評価
消費税 10%および軽減税率の導入により飲食店でのイートイン需要が冷え込むなか、国民総所得(GNI)は上昇しているにも関わらず、労働者の手取りにはほぼ反映されていないのが実態だろう。
「格差社会」という言葉も今や古び、すでに「階級社会」へ突入しているとも語られる我が国において、コーヒー屋に求められる戦略もまた “階級的” に二極化されると予想される。
ひとつはファストフード店やコンビニエンスストア等の展開する、百円程度の価格帯でコストパフォーマンスに注力したタイプ。もうひとつは徹底した高級路線により、他のどこでも味わえない付加価値を提供するタイプだ。
今回紹介する Geshary Coffee は後者に属するコーヒー店だが、特筆すべきは “付加価値への徹底した賭けの姿勢” である。
2019 年 11 月 1 日、Geshary Coffee は「世界初のゲイシャ種コーヒー専門店」として東京の日比谷にオープンした。
ゲイシャ種とは無論、“芸者” とは無関係である。エチオピアの南西部に位置するアビシニア地方の “ゲシャ村” を発祥の地とする栽培品種だが、有名になるのは遠く南米のパナマにおいて開催された Best of Panama(BoP)と呼ばれる品評会である。
2004年、南米パナマのエスメラルダ農園にて栽培された同品種の豆が高く評価されたことで高級品種の仲間入りを果たし、他の生産国でも栽培されることとなった。
今までも「ハワイ・コナ」や「エチオピア・イルガチェフェ」といった特定の産地が注目されることは度々あったが、「ゲイシャ種」という “品種” について表立ったタレント性を与えられるのは史上類を見ないものだったろう。
その魅力は、一般的なコーヒーのイメージからはかけ離れた、鮮烈な果実香や蜂蜜のような甘い風味が特徴である。反面、収穫量が低く、また香味表現にベストな栽培管理や焙煎工程を実現するのに高度な専門技術が求められるデメリットがある……無論、この稀少性と気難しさがタレント性の獲得に貢献しているとも言えるが。
そんなゲイシャ種の「専門店」として、コスタリカに自社農園を設けてまで展開するのもまた、リスクと隣り合わせの話題性とタレント性の獲得をもたらす一つの “付加価値” と言えるだろう。それは芸者というよりむしろ歌舞伎の大見得であるが、切るには切るなりの勝算を用意しているはずである。
Geshary Coffee 1号店の構える日比谷という土地は将来的に大きく変わると言われている。東京オリンピック開催以降、三井不動産グループ主導で大規模な開発構想を打ち出しているからだ。
すでに開業している東京ミッドタウン日比谷に続き、ホテルやオフィス、商業施設などが入居する超高層複合ビルがさらに二つほど建造予定らしい。また帝国ホテル東京についても再開発が計画されている。
いずれも数年がかりの長期的な開発だが、この流れに Geshary Coffee が一時的な話題性に留まらない商業的成功を賭けているのは間違いないだろう。
――堅苦しい情報の羅列にも飽きてきた。ここはひとつ、実際に Geshary Coffee へ行ってみよう。
日比谷線日比谷駅の A4 出口を抜けて右方向へ少し歩くとすぐ左手にお店が現れる。
一面ガラス張りの都会的な5階建てビルを丸々一店舗として居を構えており、1階を商品の注文・提供のカウンターフロア、2~4階を客席のフロアとしている。事前情報によればフロアごとに内装のデザインが異なり、
1F生産地→2F農園→3F精製→4F焙煎
と、階が進むごとにコーヒー豆の生産工程が進む様子をお洒落に表現している。同店の掲げる「Farm to Cup=農園から一杯のカップまで」のコンセプトをインテリアに落とし込んだものだろう。
今回は知人の批評家・竹宮猿麿さんにもご同行いただき、二人でそれぞれ異なるコーヒーを注文した。ひとつは “ゲイシャ” の代名詞であるパナマのエスメラルダ農園、もうひとつは
Geshary Coffee の自社農園であるコスタリカのハシエンダ・コペイ農園のものにした。
エスメラルダ農園のゲイシャ種 “ウォッシュト マリオ 3” は、その持ち味である透明感と、フルーティで瑞々しい香味が活きている。フレーバー表にはジャスミン、ベルガモット、ピーチなどの形容が並ぶが、筆者の感覚ではベルガモットが一番近かったろうか。水洗式精製ゆえのクリーンな喉ごしが心地よい。
また、高級豆の楽しみのひとつであるアフターテイストも豊かで伸びがよい。蜂蜜のような甘い風味が長く余韻を引く。
ハシエンダコペイ農園 “ブラックハニー” は、エスメラルダ農園の透明感とは真逆のコクと力強さが特徴と言える。
飲んだ瞬間にやってくるウッディな風味とスパイシーな苦味、そこにドライフルーツの柑橘めいた香味が複雑さを添える一杯だ。
主に前面にくるインパクトで飲ませるタイプゆえか、ややアフターテイストには欠ける。エスメラルダ農園のようなゲイシャ種のイメージをして飲むと期待が外れるかもしれない。コーヒーらしいコーヒーを飲みたい人にはおすすめしよう。
どちらのコーヒーもエスプレッソやエアロプレスで淹れたような独特の濁りのある液色でありながら、不思議とドリップコーヒーのように滑らかで引っ掛かりのない飲み口となっているのも面白い。
総評としては、思っていたよりレベルが高い。初めてゲイシャ種のコーヒーに触れる人からある程度飲み慣れたマニアまで、一度は経験する価値があると筆者は見ている。一杯 800円~という攻めの価格帯で挑むことに対する説得力は持っているだろう。
ある程度コーヒーに詳しい人間であれば、Geshary Coffee の戦略に対して「これはとんだ博打ではないか?」という第一印象を抱いただろう。正直、ある程度リサーチした筆者でさえ「やはりこれは博打じゃないか?」というのが率直な感想だ。
だが同時に「博打の打ち方に説得力がある」という面白さもまたあり、大胆さと強かさの同居した同企業の在り方そのものにドラマチックな魅力が存在しているとも言える。
おそらく、代表取締役社長の木原海俊氏が元々、パチンコ・パチスロメーカーの大都技研の代表取締役社長であるという経歴に由来するのではないかと考えられるが、これは筆者の穿ちすぎだろうか?
……実のところを言えば、私がこのお店に面白さと脅威を覚えるポイントは別にあるのだが、それは次回に譲るとしよう。今回の記事は前・後編でお送りする。
後篇記事
バリスタ殺しと職人の未来、世界初のゲイシャ種コーヒー専門店の分析・後編
率直に言おう。 私が GESHARY COFFEE に注目した理由に “ゲイシャ種コーヒー専門店” であることは関係がない。むしろ、この店の持つ最大のアドバンテージと勝算はコーヒーマシンにある。