ゴシック西部劇とツインスティックシューターの融合
今年6月は世界のゲーマーにはキツい1ヶ月だった。
バトロワを事実上完成させた『Apex Legends』のカウンターとして古典回帰的な 『Valorant』 がFPS界隈を賑わすなか、今月初めにまず多くのデベロッパーが新作発表を矢継ぎ早に撃ちだして物量攻勢の火蓋を切った。
12日にはPS5がヴェールを脱いで次世代機のめくるめく映像美の世界に連れだすと、数日後には steam が膨大な数の新作無料デモでゲーマーを圧殺。
もちろん、今年のGOTY候補であり、大きな期待を一身に受けていたAAA級の続篇タイトル『The Last of Us part 2』が発売され、物議を醸す物語と痛ましい暴力描写の数々で賛否両論の大渦にファンを投げ込んだことも忘れてはならない。
詳しい批評は後日公開するけども、この作品が猛烈な批判の嵐に見舞われた要因はメインストリーム向けの軽薄さが期待された作品でありながらそれを優に越える陰惨でかつ重厚な物語への没入をプレイヤーに強いたことだろう。
しかも、ゲームデザイン自体は単純でかつリニアなプレイスルーだったため、コアゲーマーからの支持も得にくいという避けられたはずの不幸も背負ってしまった。
とはいえ、五月雨のごとく新作発表が続くなかで『The Last of Us part 2』とは対照的に、コアゲーマー向けのゲームデザインでありながら絶妙なバランス調整と眼を瞠る美しいヴィジュアルワークでカジュアルにも楽しめるインディーゲームの秀作が発売されたことを立ち消えさせてはいけないだろう。
それが、イギリスに拠点を置く Upstream Arcade によるツインスティックシューター『West of Dead』だ。
本作はすでにPC版が発売され、Xbox の Game Pass に入っているほか、8月頭にはPSと Switch でもリリース予定なので興味を持たれた方はチェックしてみてほしい。
『West of Dead』は見下ろし型のシューター系3Dローグライト作品だ。
ローグライトとは、『トルネコの大冒険』や『風来のシレン』シリーズを思い浮かべると良いが、自動生成される=プロシージャルなダンジョンを敵を倒しながらアイテムを集め、装備を強化し、各階を踏破する、1度死ねば最初からやり直し=パーマデスの攻略自由度が高い作品といえばイメージしやすいだろうか。
本作の場合、プレイ感覚としてはそのジャンル的特徴にガンシューティングとカヴァーアクションを組み合わせたことに大きな魅力がある。
英国の『Fable』シリーズで有名なライオンヘッド・スタジオの元従業員2人が起業した開発元の Upstream Arcade は、本作以前に『Deadbeat Heroes』というカラフルなコミック調のアクションゲームをリリースしている。
この作品はメディアからもユーザーからもさほどの注目を集められなかったが、今プレイしてみても単純ながら爽快なアクションとポップなヴィジュアルワークが光る良作で、同開発がこの2つを持ち味とすることをハッキリと示している。
『West of Dead』の場合、アクションとヴィジュアルの双方の強みをより良く象徴しているのがマップ内の暗闇の表現だ。
ローグライト作品では部屋に入らない限りどういう敵がどこにいるかは暗闇に閉ざされたままなのが普通だが、本作ではそれよりもはるかに闇の色が濃く、3D表現によりさまざまなオブジェクトから不気味な影が伸びて独特な美しさを醸すだけでなく、部屋のなかのランタンに火を灯すことで周囲の的にスタン効果を与えるというギミックも兼ねている。
そのため、敵の攻撃を確実に避けながら倒していく同系統の名作『Enter The Gungeon』などとは違い、カヴァーに入る、攻撃する、火を灯すという3つの異なる行動を基本とし(おまけに、近接攻撃や範囲攻撃、一時的なバフやデバフを与える特殊装備のスロットもふたつある)、テンポは遅いながらも戦術の多様さゆえにプレイヤーを飽きさせない。
なにより、作者の取捨選択の意識を介入させにくいプロシージャルなマップにも関わらず、本作のデザインに美しさをもたらしえているのは階毎に異なるハイコントラストで輝度の高い色彩感覚と影の多用によるだろう。
「美しさ」と聞いてロココ的な過剰装飾や耽美趣味、自然物への崇高感をイメージする素朴なひとには伝わらないだろうが、本作のように陰影が美しい作品は高山の空気のように冷たく身を引き締めるとともに新鮮味があり美味しいものだ。
開発者3人の内のひとり Adam Langridge は、自分たちは自身のやりたいことを厳格に選別して限られた要素にフォーカスできるほど「スマート」ではなかったとリリース時に述懐している。
その詰め込みの精神で試作されたのが「自動生成のダンジョンと光源のメカニズムを備えたパーマデス(1度死んだら終わり)のカヴァーアクションをベースとしたツインスティックのコミック調ホラー風西部劇タイトル」――つまりは『West of Dead』だったわけだ。
via. West of Dead
たびたび僕が書くことだが、批評的に観た場合、作品内の要素はないよりはある方が良く、少ないよりは多い方が良い。
たしかに以前公開した『Hollow Knight』と『INSIDE』の批評動画で説明したように、作品内の要素を切り詰めたものがある種の信仰を集める場合もあり、また、創作上の要素を詰め込んだ作品は全体のバランスを崩しやすいため完成度は低くなりがちだ。
しかし、実現の難易度が高いことは裏返せばそれだけ価値の高い挑戦であることを意味する――反対に、要素の切り詰めは上手く増やすことに比べたら相対的に難しくはない。
実際、作品内の要素の切り詰めという方向性は良くても近代の芸術至上主義的な価値観の残滓、ないしは骨董化であり、悪ければ現代の資本主義社会における模造主義とでもいうべき極端な生産コストの引き下げとそれによる人間の馴致だろう。
先日の批評配信で話したことだが、『The Last of Us part 2』の物語は無法地帯における復讐というテーマ性と現実の死の無惨さ、おぞましい記憶に憑かれる陰惨さも視野に入れた認識の解像度の高さで一定の評価はできるものの、プレイヤーに希望や幻想を抱かせなかった、正確にいうと夢を見させることと両立させられなかったという意味で今日のメインストリーム向け作品としては致命的な瑕疵がある。
『West of Dead』の場合、キャッチーでかつ質の高いヴィジュアル表現もさることながら、ローグライトという比較的コア向けのジャンルでありながら厳密な意味でのパーマデス=「死んだら終わり」ではない、すなわち、主人公にある種の恒久的な成長要素を採りいれることでダンジョン攻略の試行回数がプレイヤーの生存率を高め、戦術の幅を増やし、単純なガンアクションの技術だけが物をいうプレイングにならないように工夫されている。
本作では、ダンジョン攻略中にアイテムの購入で使用する「鉄」とは別に、各階をくまなく踏破することで収集する「罪」を階の合間に遭遇する不気味な魔女に一定数「おろす」ことで好きなドロップアイテムを恒久的にアンロックし、ライフ回復用の携帯瓶を拡張したり、ダンジョンに潜る際の初期装備の選択を増やしたりすることができる。
今年3月に『Curse of Dead Gods』という優れたローグライト作品のアーリーアクセス版がリリースされ、こちらもレアドロップによる恒久的な強化が部分的に可能だが、『West of Dead』の場合は固定ドロップであり、生存率を確実に高められるので、継続的に挑戦することへのインセンティブが高く、試行錯誤が無駄になりにくいため、一般のカジュアルゲーマーやジャンル外のプレイヤーにも配慮したバランス感覚という意味では本作の方をより高く評価できるだろう。
もっとも、裏返せばそれだけよりコアなローグライトファンには物足りない難易度調整ともいえなくもないのだが。
また、本作の主人公ウィリアム・メイソンのナレーションにアメリカの有名な俳優ロン・パールマンを起用できたことも見逃せない。
というのも、不穏な暗さの深い道のりを独りで踏破するプレイヤーに(特に欧米人にとって)聞き覚えのある陰鬱な声の随伴がなかったら、今よりもずっとプレイヤーに愛されにくく、話題性に乏しい作品になっていたからだ。
ちなみにいうと、ロン・パールマンは映画ではギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』や『ヘルボーイ』シリーズで、ゲームでは『フォールアウト』シリーズの初期作からのすべてのナレーション、つまり、有名な「War, war never changes」の声優としてあなたも聴き覚えがあるはずだ。
とはいえ、バランス感覚に優れているといえど『West of Dead』も完璧な作品ではない――リソースの限られたインディーズの開発体制ならなおさらだろう。
本作のいちばん大きな難点は物語の弱さと日本語ローカライズの拙さだ。
1888年のワイオミング州「煉獄」で記憶を失った骸骨アタマの不死者のガンマンが眼を醒ます。
あなたはこのウィリアム・メイソンとして酒場の地下からダンジョンに足を踏み入れ、狩場や湿地、鉱山、農場、渓谷などの陰鬱ながらも美しいマップをめぐり、ときに「煉獄」をさ迷う哀れな魂の罪を肩代わりすることで救済し、大型クリーチャーや無法者を討伐して自身の失った記憶と武器をとり戻していく――やがては己の死の原因となったであろう「謎の司祭」に行き着くことを信じて。
問題は、ツインスティックシューターの操作によほど手慣れた熟練者でないかぎり、物語に関わるのがメイソンの時折入手するドロップアイテムだけになってしまうため、その断続的な世界観の補完を物語のフックとするにはいささか魅力が欠けることだ。
おまけにカットシーンがきわめて少なく、登場人物も限られ、毎回顔をあわせる酒場の店主などとの会話は種類も長さもほとんどないにひとしい。
開発元の前作『Deadbeat Heroes』もまた物語の魅力に大きな難があったので、取捨選択の問題としてある程度ストーリーテリングは切り捨てているのだろう。
また、本作は日本語対応しているが、プレイアブルではあるものの終始機械翻訳調が目立つだけでなく、マイナー作品のローカライズにありがちなフォント選びの粗雑さゆえに見事な世界観のヴィジュアル表現を著しく損なっているといわざるをえない。
しかも、作中での会話や記憶想起のシーンなどはすべて自動送りなため、ヴィジュアルや世界観を優先して英語でプレイしても知らない単語を調べたりゆっくり読んだりといったことができない仕様になっている。
日本語を選択するか英語を選択するかはプレイヤーに委ねられているにせよ、どちらの場合でも非英語圏に住む僕たちにとっては本作の魅力がある程度は割り引かれてしまうのが残念なところだ。
と、厳しいことを述べてきたが、それでも僕がプレイしてきたなかで『West Of Dead』を今年上半期のベストゲームに挙げることはやぶさかではない。
もちろん、僕自身が映像表現の可能性や未来のアート表現としての拡張性の高さという関心からデジタルゲームに興味をもったクチなので、ある種の贔屓もあるだろうが、『ファイナルファンタジー7 リメイク』のような高精細だが取り柄のような映像表現よりも、また、『The Last of Us part 2』のようなリアリズムに徹した映像表現よりも僕は本作のデフォルメされたポップで美しき暗鬱な映像表現をより高く評価したい。
『Nuclear Throne』や『Enter The Gungeon』のハチャメチャ系ツインスティックシューターのイメージをいったん脇に置けば、カヴァーアクションや武器のアンロックシステム、光源を用いたスタン効果などと融合させた本作のごった煮的なアクションゲームの魅力の虜になるのはそう難しくはないはずだ。
本作が世界のゲームファンに適切に評価され、開発の Upstream Arcade がより規模の大きい作品製作にとり組めるようになることを願ってやまない。
YouTube でゲーム実況動画を公開されている Tonfa Games さんのプレイ動画最終回を拝見した。
残念ながら、『West of Dead』は死にゲー的な難易度を課しながらもエンディングはその報酬に見合うものではないようだ。
もちろん、本作のプレイヤー人口は世界的にまだ少ないため、ある種のトゥルーエンドが発見されていないだけの可能性もあるが、初めからこの批評記事で指摘していたとおり、開発の Upstream Arcade は物語ることが苦手であるか、開発リソースとの兼ね合いからデジタルゲームの物語性を重要視していないので、本作にエンディングらしいエンディングがないことはまあ、さもありなんといったところか。
したがって、このことを受けて僕の高い評価が変わることはないが、本作の購入を検討されている方、特に開発リソースの限られたインディーゲームに慣れていない方は注意されたし。
根を詰めずに道中の美しい映像表現と世界観に浸りながらゆるく進めるのが本作の適切な楽しみ方だろう。
トゥルーエンド的なものの発見報告を掴んだらおって加筆する。
よsssssっし!!!!
よsssssssss pic.twitter.com/XFLm8XMEm4— ハルク (@wired_hulk) July 12, 2020
なんと、海外の YouTube 動画にすらあがっていない最終章クリアの偉業を Twitter のFFさんが達成された。
最後のボスの正しい倒し方は存在する、らしい。
僕も暇を見つけて挑戦してみよう。