反ゲーム的作品の輝きとその限界
ストラテジーゲームの醍醐味は何といって最大効率を計るプランが物の見事にハマった瞬間だろう。
敵の群れに攻撃チャンスを渡すことなく完封したとき、兵站を工夫して戦闘のリソースを安定化させられたとき、何度目かのやり直しの末に無駄のない開発手順で序盤の難所を乗り切ったとき。
先日公開した『ファイナルファンタジー7リメイク』の批評記事ではRPGの原則として「選択と結果」を、自由度の広さと必然的な責任を挙げたが、ストラテジーではより後者の結果の方にハードな仕組みを導入してプレイヤーに最大効率を狙わせることに特徴がある。
たとえば、厳しい時間制限や、弾薬や食糧などの自動消費、負傷や動揺による継続的なパフォーマンス異常、施設の隣接によるバフ・デバフ効果、そして、キャラクターのパーマデス(死亡)などだ。
4月末に唐突なアナウンスとともにリリースされて話題を呼んだ『XCOM:チーム・キメラ』は、ターン性ストラテジーの傑作と名高い『XCOM2』のあらゆる要素をマイルド=薄味にした小品に過ぎなかったが、それと同じ価格帯・ジャンルの優れた作品がほんの少し前に Steam でひっそりとリリースされたことはあまり知られていない。
それが、デンマークに拠点のある小規模なゲーム開発企業 PortaPlay の『Broken Lines』だ。
1944年、第二次世界大戦下の東ヨーロッパの中立地帯に不時着した英国部隊が謎のナチス風ガスマスク兵と戦闘に入ることではじまる本作は、後述するように8秒間のリアルタイムストラテジーにRPGの要素を融合させた、美しい華はないながらも心に深い爪痕を残す秀作だ。
この批評記事の執筆時点では Switch でもリリースしているので、日常会話程度の英語力があるひとはストアをチェックしてみると良いだろう。
via. Broken Lines
『Broken Lines』は、ストーリードリブンのターン制タクティカルRPGと謳われている。
事実、本作のストラテジー的側面としては戦場から物資を回収し、現地の商人から当面の部隊人数分の食糧を確保し、余剰のお金で武器や装備を強化すること、さらには部隊員の負傷と士気の低下を管理することに限られ、4X(探検・拡張・開発・殲滅の4つのXに重きをおいたストラテジーの中心的なサブジャンル)の愛称で親しまれる作品群とは比肩すべき重厚さもない。
しかし、本作をストラテジーとしてユニークでかつ面白い作品にしているのはその独特なコンバットシステムだ。
『Frozen Synapse』に影響を受けたとされる本作のコンバットは、8秒間の事前計画にもとづく各部隊員と敵集団の戦闘行動でなされる。
つまり、プレイヤーがいつでもポーズを使用できるリアルタイムの戦闘(前述の『FF7R』はこれに近い)や、既定のアクションポイントを消費して行動するターン制バトル(前述の『XCOM』など)とは違い、各部隊員はメインウェポンを自動で敵に撃ってはくれるものの、8秒間の内のいつ、どこに、攻撃以外の何をするかはその実行フェイズの前にプレイヤーがすべて決めておかないといけない。
たとえば、敵集団に対して有効な遮蔽物に移動しながら撃つのであれば命令は各兵にひとつかふたつで足りるのでさほど難しくはない。
しかし、メディックが負傷した兵士に近付いて応急手当を施し、その回復中の者が異なるカヴァーに移動する場合、あるいはチョークポイントにスモークを焚いてから前衛の兵士が突破する場合などは、個々の兵士が異なる者の回復なりグレネードなりのタイミングにあわせて行動しなくてはならないので話は途端に難しくなる。
また、本作にはフレンドリーファイヤー(同士討ち)とストレス値があるのも特徴だろう。
サブマシンガンを携行する者には制圧射撃のアビリティが与えられ、敵集団ないし敵単体に使用することで与ダメージは少ないもののストレス値を大きく与えて一時的に行動不能に陥らせられ、そのあいだに突撃兵を安全にフランク(遊撃)させたり狙撃兵を高台に移動させたりできるようになるため、この能力は数少ないクラウドコントロールの手段としてほとんどのプレイヤーに重宝されるはずだ。
しかし、一定のエリアに銃弾をばら撒くこのアビリティに油断して事前計画を組むと、味方の動線と不意に交差して仲間を蜂の巣にしてしまい眼も当てられない――敵集団にグレネードを投げたは良いが時間差を計算せずに突撃させたショットガン持ちが被爆してしまうのもありがちなミスだ。
反面、スモークや回復、制圧射撃、アドレナリン注射などの部隊全体の協調行動がうまく噛みあい敵集団をキレイに殲滅できたときは、XCOMライクのターン制バトルにありがちな個々の攻撃の成功率に最終的にはお祈りするのとはまた違ったプレイ感覚があり高く評価できる。
このように、作戦参加の4、5人の8秒間を事前にプランニングしてうまく連携のとれた協調行動で作戦目標を達成することが本作の肝になる。
via. Broken Lines
では、『Broken Lines』のRPG的側面はどうだろうか。
後述するが、本作は残念ながら10時間ちょっとのボリュームしかないため、レベルアップやステータス振り、スキルツリーのようなある程度のプレイ時間を前提にした仕組みはないが、作戦終了毎にランダムで得られる部隊で1人分の新規アビリティと、作戦前のランダムエンカウントで時折強制的に取得する兵士の特性が本作の成長要素にあたる。
前者から観ていこう。
作戦終了後、目標の達成報酬として部隊員ひとりに任意で割り当て可能な新規アビリティをランダムで取得する――たとえば、一定時間速く走れたり、敵に攻撃されにくくなったり、武器の射程距離を延ばしたりといったコマンド能力だ。
当然、主力メンバーにより良いアビリティを集中させたくなるが、ここにひとつ落とし穴が潜んでいる。
本作では、個々の兵士に Composure という精神衛生のステータスがあり、この値の低下により戦闘時のパフォーマンスが下がるだけでなく、最終的には部隊から永久に離脱することになるという。
問題は、この値が時間経過にしたがい徐々に下がるだけでなく、作戦や戦闘のやり直しでも低下するため、主力メンバーほど精神面を悪化させるリスクが高いことだ。
そう、『Broken Lines』には実は手動セーブ機能がない。
換言すればそれは、RPGやストラテジーのような取り返しのつかない要素の多いゲームでありがちな、セーブスカムの名で欧米圏のコアなプレイヤーからは忌み嫌われている頻繁なセーブ&リロードがプレイヤーに許されないということだ。
そのため、全作戦に参加させられるスタメン的な部隊員の数は非常に少なく、取得アビリティを数人の兵士に集中させる少数精鋭のあり方は大きなリスクをともなってしまう。
また、この Composure のただひとつの回復手段として、各兵士の特性取得にも関わる作戦間のランダムエンカウントが用意されているのも本作のキャラクター育成を難しくさせている要因だ。
たとえば、特定の兵士2,3人がリンゴを荷車一杯に載せて運ぶ現地民に出会ったり、未回収の物資がありそうな廃屋を見つけたり、顔に大きな傷のある部隊員と昔話に興じたりしてはじまるこのイベントはかならずどっちもどっちな行動の2択をプレイヤーに迫り、その結果に応じて負傷したり、物資を拾えたり消費したり、composure を回復したり失ったりし、稀にその選択にあった特性を獲得したりする。
厄介なのはこのイベントで Composure を大きく失うと今後の回復が見込めないためにパーマデスを覚悟しないかぎり作戦参加させられず、また、場合によっては兵士の装備変更を迫られたり死にスキルを生んでしまったりする特殊な特性を強制的に付与されることだ。
実際に僕が経験したことだと、スナイパーライフルをもたせて射程距離を伸ばすスキルを習得させていた衛生兵があるイベントで地域住民に有効的な選択をしたことで特性「平和主義者」を獲得し、銃の命中率が下がる代わりに制圧射撃の効果が増すというかなり偏った永続効果のおかげでサブマシンガン持ちへの変更を余儀なくされた。
このように、本作のささやかながらなキャラクター育成にはランダムな介入要素が大きく、プレイヤーの思い描いたとおりにはまずいかないことがほとんどだろう。
興味深いのはわざとそうなるように設計されていることで、それはやはり本作の物語が戦場の「ままならなさ」をテーマにしていることと深く関係している。
via. Broken Lines
『Broken Lines』は英国人部隊を乗せた軍用航空機が言葉の通じない東欧の名も知らぬ地域に不時着したところからはじまる――それはだれひとりとして作戦概要を知らされていない不穏なミッションに向かう途中の事故だった。
別々の場所に墜ちた新兵グループと上級兵グループは合流し、謎のガスマスク兵と毒ガスが蔓延する戦地をなんとか一緒に生き抜いて脱出しようとするのだが、興味深いことにこの新兵たちと上級兵らはことあるごとに対立し、プレイヤーはどちらの作戦を支持するか、2つ、3つの選択肢からかならずひとつだけを選んで部隊を出撃させなくてはならない。
たとえば、航空機の墜落現場に物資回収へ向かうのに昼間の早い時間に行くのかリスクを嫌って夜に行くのか、あるいは敵の軍事基地を奇襲して物資を奪いにいくのか接敵しないようにこっそりと山道を抜けるのかなどだ。
物語としてはこの謎の毒ガスに次第に脳を侵されながらも脱出を目指し、選択肢によってはガスの生産施設を爆破したり地域住民の命を救おうとしたりすることにサスペンスの魅力があるが、明言は避けるものの、プレイヤーが選択し、クリアしてきた作戦内容で決まる5つのマルチエンディングは残念ながらいずれも気持ちの良い終わり方をするものではない。
グラフィックや演出も時間を追うごとに暗澹たるものに変わっていき、毒ガスにより深く侵された者、つまりは作戦参加率が高く、愛着の湧いてきたメンバーから順に顔が青緑色に染まり妙な頭痛に悩まされるようになる。
そして、Composure を回復するイベント運に見放された哀れな兵士は事実上、死とエンディングのどちらが早く訪れるかを待つだけの存在になってしまう。
本作を物語として観た場合、敵地からの脱出という本筋にさまざまな対立や葛藤の横糸を巧みに縫い込んでおり、時折、人道的な選択が結果的に推奨されていたことにやや鼻白む向きもなくはないが、相応の複雑さと人間の暗さを湛えるほどの解像度を作品が有していたという意味で高く評価できる。
また、RPGとして観た場合も、プレイヤーの選択にはかならずその必然的な結果が憑きまとうため、本作のストラテジーとしての側面と同様にロールプレイの奥深さやビルドの幅広さはないもののこれも相応には評価できる。
もっとも、既に述べたとおりランダムな介入要素が大きいためあまりRPG的な部分を強く求めるべきではないけども。
本作のランダム性の高さはあくまで物語の核にある戦場の「ままならなさ」を体験させるゲームデザインであり、それと同様に僕たちの人生もだいたいの場合、また、究極的には「ままならない」ものだ――たとえ他人の心をコントロールし、社会集団を王の如く支配できたとしても、自然、つまりは物理法則と地球環境、みずからの老いと死を克服できた者はいない。
その意味で、本作はルールの厳密さと遵守を原理とするゲームのユートピア的側面を否定する、ある種の反RPG的、反ゲーム的なデジタルゲーム作品として位置付けられ、悲惨ではあるものの人間の生の事実をプレイヤーの心に結晶化させる美しいプレイ感がある。
惜しむらくは、10時間超というボリュームの少なさもだが、クリア後の周回プレイを前提とするわりには敵兵の種類の少なさやビルドの可能性の幅狭さで8秒間のタクティクスという本作のデジタルゲームとしての愉しさを最大限には引き出せていないことだ。
物語も、音楽も、映像表現も、ゲームデザインも相応に優れてはいるが、まあ、こんなものだよね、という収まるべきところに収まってしまっている安易さも、インディーゲームとしては残念といわざるをえない。