生成される検索世界と言語圏の欲望
Google 検索は危険だ。
ウェブの情報は真偽不明で、正確にはその情報の信憑性を担保する責任ある主体が明示されてなく、一見親切そうにみえても実は広告だったり企業案件だったりフェイクニュースや偏向記事だったりする。
ウェブを捨てよ、本に還ろう。
もちろん、僕のブログや批評動画の読者さんやたまたまこの記事にたどり着いた賢いあなたはそんなのは嘘っぱちだと、僕が心にも思っていないことを書いているだけだと知っている。
だが、ウェブ検索が危険なことには変わりない。
こんなことを書くのは最近ひさしぶりにウェブ検索の怖さに気付かされたからだ。
僕にはブログ記事や動画に使う画像を英語で検索して探す癖がある。
というのも、日本語検索よりも英語検索で引っ掛かる画像の方がだいたいの場合質が良く、清潔感があり、記事なり動画なりが映えるからだ。
一概にはいえないかもしれないが、日本語で引っ掛かるものはオブジェクトを中心においてわかりやすく、あるいは目立つような撮り方をしている一方、英語検索では写真全体の構図や雰囲気を重視したものがよく引っ掛かる印象がある。
しかし、ここに大きな落とし穴があった。
先日、お友だちでタイのバンコク在住のTOMAさんとGOTOさんご夫婦に当地の食事情のお話をうかがう動画を編集していた。
その際、トムヤムクンの画像を英語検索し、引っ掛かったものから最初に採用したこちらの画像をまずご覧いただきたい。
via. TOM YUM SOUP
美味しそうではある。
しかし、なにかが違う……なにかが物足りない。
一応、日本語で画像検索してもこの違和感を拭い去れる画像はみあたらない。
そして僕はあることにはたと思い付き、トムヤムクンをタイ語に変換して画像検索し、僕の要求を満たすものをすぐ見つけられたのでそれをサムネイルにした。
それがこちら。
via. ต้มยำกุ้งรสเด็ด
おわかりいただけただろうか?
そう、タイ料理を象徴するといってもいい香草が映っていないのだ。
もちろん、英語検索したトムヤムクンにもきちんと背景に香草を入れてあるものもあるが、その多くは 123RF.com という写真素材の販売サイトにならんでいる商品だ。
つまりはタイ語検索したトムヤムクン画像の方が撮影対象のリアリティを忠実に再現しようとしている。
ちなみに、タイのパイナップルサラダ、ソムタムの場合だと、英語検索の画像の方が全般的にキレイで、記事なり動画なりに映えやすいが、タイ語原作の方が小汚いながらも屋台の写真やすり鉢に入て和えているときの画像などリアル志向のものが引っ掛かる。
思うに、タイ語圏の外で、あるいは外に向かって料理レシピとして発信され、タイ語圏の外で価値づけられてきた英語圏の画像の方がよりロマンチックな異国趣味の憧憬を反映しやすいのだろう。
少なくとも料理写真ならタイ語検索の方が信頼できそうだ。
今度は「タイ トイレ」と英語とタイ語の両方で検索してみよう。
興味深いことに、タイ語で「トイレ」とだけ検索するとほとんどショールームのようなユニットバスの写真ばかりが画像検索に引っ掛かる。
公平性を期すために「トイレ タイ」とタイ語検索するとわずかながら手桶式の古いトイレの画像も出てくるが、それでも大多数の画像は現代風の水洗式トイレだ。
一方、英語検索で引っ掛かるのはかなり古い旧式トイレばかりだ。
おそらくは英語圏の旅行客や滞在者にとってタイのトイレにかかわる重要な情報が、洗面場の改装や賃貸情報ではなく、しゃがみ式の手桶式トイレの使い方だからだろう。
どちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではないだろうが、トイレ画像検索の言語による結果の違いは言語圏毎の興味関心により情報が価値付けられ、順序付けられていることをありありと示している。
ウェブの世界はフラットではないのだ。
自分がよく知らないものを画像検索するとき、あるいは物事に対する自分の常識を疑ってみたいときはかならず複数言語で検索しよう。
お兄さんとの約束だ。
ところで、あなたはどういうとき画像検索するだろうか?
そもそも論をいえばこの検索機能、自分のよく知らない外国語単語のニュアンスを手早く知るにはこれ以上ないほどベストな手段なのだ。
たとえば、みんな大好きジブリアニメの『耳をすませば』、このアニメのなかで印象的に使われているジョン・デンバーの『カントリー・ロード』はだれもが1度は聴いたことがあるだろうし、ひとによっては中学高校、あるいは大学の合唱サークルなどで歌った経験もあるかもしれない。
実はこの曲、押井守がプレイレポを書いていたことで以前別の記事で紹介したフォールアウトシリーズの最新作、 Fallout 76 のテーマソングに採用されたことで昨年末の僕のなかでは瞬間風速度的にかなりアツい曲だった。
で、歌詞をみながら和訳サイトのぞいてみたら明白な誤訳があることに気が付いた。
あなたにはわかるだろうか?
ちなみに引用は「カントリーロード 和訳」の検索で最上位の歌詞和訳サイトからだ。
All my memories gather ’round her
僕の記憶全部 彼女が浮かんでくる
Miner’s lady, stranger to blue water
坑夫の淑女 青い水を知らない
Dark and dusty, painted on the sky
暗闇がにごって空を彩り
Misty taste of moonshine, teardrops in my eye
朧げな月光 僕の瞳に涙が溢れる
おわかりいただけただろうか?
正解は…… moonshine = ×月光 〇密造酒
ちなみにこの歌詞、日本人の僕からみてもダブルミーニングを含んでいるのでたしかに翻訳が難しい。
たとえば、Miner’s lady とはだれを指すのか?
一般的には、リフレイン部で West Virginia, mountain mama と呼びかけており、また、ウエストバージニア州が石炭の採掘を主要産業とし、アイデンティティとしてきたことからもWV自体と解釈するのが英語圏でも通説だ。
しかし、考えてみてほしい、採炭の仕事とは今でいう3K、キツい、汚い、危険の3拍子揃った男の仕事だ。
そんな採炭業を中心にした所得の低い炭鉱街に集まる女性たちはどんな仕事を生業にするだろうか?
そう、Miner’s lady とはその裏に売春婦の意味を匂わせている。
おなじように、moonshine にも炭鉱街の砂塵が舞う空から朧気ながらも明かりを届かす月のイメージが掛けられているの間違いない。
しかし、それはあくまで詩的な言外の意味での話だ。
英語圏では moonshine はまずもって密造酒であり、misty な味わいと作詞者も書きつけている。
えっ、英語圏で暮らしたこともない僕が何故そこまで断言できるかって?
moonshine を画像検索すれば一目瞭然だからさ。
最後に、あなたの検索レベルを計れる質問を投げかけてみよう。
たとえばあなたが初見のレストランにいったとし、そのお店の料理の味が気に食わなかったとする。
そのお店のネットでの他人の評価を知りたいとおもったあなたは何と検索するだろうか?
以下の3つから適当なものをえらんでほしい。
A.「店名 マズい」
B.「店名 評価」
C.「店名 美味しい」
Aを選んだあなた――は、自分の感情や判断を補強する情報を無自覚に探しにいっているので残念ながら初級だ。ウェブ検索の恐いところは自分に都合の良い情報をそれと知らずに摂取してしまうことなので、検索窓に価値語を打ちこむときはかなり慎重になった方が良い。それだけで見違えるほど賢くなれる。
Bを選んだあなた――は、ネットリテラシーが高く、ウェブ検索の世界が自分の打ちこみによって自分好みに生成されていることを知っているので、おめでとう、中級だ。友達がいない僕にはわからないが、感情的にならない限り公平で客観的な視点を保とうとするあなたなら日常生活の知的水準では困ることがないだろう。
Cを選んだあなた――は、客観的視点に立つことを折り込んだうえでどういったひとたちが自分とは正反対の価値判断を下したかを分析し、その信頼性を推し量り、自分が見落としている致命的な観点がないか探しているので、素晴らしい、ウェブ検索上級者だ。感情の問題を別にすれば、自分の価値判断を磨くのに必要な意見とは他人の正反対の意見だと知っているあなたに僕が伝えられることは何も残っていない。
いかがだったろうか。
以前クロワッサンの食べ比べの記事で書いたように、適切な方法をもたない価値判断=批評は結果的に自分の思いこみを強化していきやすい。
ウェブ検索もことは同じで、自分の知らないことを求めて情報を集めているつもりが、検索次第では自分に都合の良い情報のなかを泳がされているだけになりやすい。
しかし、本記事中で示したようにちょっとのアイデアとテクニックで言語圏毎の常識や自分の価値観の外にカンタンに飛びだせるのもウェブ検索の素晴らしさだ。
賢い検索の仕方をすれば、それだけであなたはより寛容で緻密な知性に脱皮できる。
毎日の反射的なウェブ検索の繰り返しにもそうした創意工夫のメスを入れていきたいものだ。
もし、あなただけの検索テクニックを発見していたらぜひ僕にも知らせてほしい。