オタク文化の衰退後に余計な御託はいらない。
彼らの心理分析をおこなう前に下地作りをしておこう。
前回記事はコチラ
オタクの正体、オタク文化の終わりにぼっちの俺が本気出して考えてみた
――背中痛いから 今日モウ 帰ってイイ? 三十路でおない年のスリランカ人留学生にそう聞かれたとき、僕は思わずウッと唸り、彼の暗褐色の頬を殴りつけようとする右腕を慌てて抱えこんだ。 ――腰じゃなくて、背中? 僕はそうひとりごちた。
間奏.オタクの拡大――動画共有サービスと違法アップロード動画が下げたオタクの敷居
おたくの語はもともと前述の条件――非伝統的な大衆文化を好み、特定の分野に属する専門知識と繊細な趣味を非職業的にもつ――を満たすものの蔑称や自嘲的な自称として広まった経緯がある。
1988年の宮崎勤の幼女連続誘拐殺人事件では、彼がそういった人物だとマスメディアに広く喧伝されさらなる否定的な意味合いも付け加えられた。
もちろん、2020年を目前に生きる僕らはオタクから否定的なニュアンスが薄れ、むかしでは考えられないほど多くのひとたちがオタクを自認するようになったことを知っている。
個人的な経験でいえば、僕が大学に入った2000年代半ばのオタクたちはまだひそひそと隠れ、同好の士とわかった身内でのみおたがいの好みをあかして楽しんでいた。
しかし、その数年後には自己紹介でオタクを公言する新入生が現れはじめ、彼らのあけすけな態度に先輩オタクが顔を顰めるというおもしろい構図が生まれていた。
2011年には、東日本大震災の影響で放送を一時中断していた深夜アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の一面広告が読売新聞に掲載され、少なからぬひとが度肝を抜かれたことだろう。
Google Trends でオタクとその関連語の人気を調べてみよう。
興味深いのは、2005年の人気ドラマ『電車男』の大ヒット以降、オタクという語は微減傾向にあったにも関わらず、2011年以降は特に目立った理由もなく着実な微増傾向、控えめにいっても安定的な横ばい傾向に長くあることだ。
これは、今でいう陰キャと陽キャのようなオタクの対義語として用いられていたリア充がいまや死語に近付きつつあることを踏まえると、オタクがたんなる俗語や侮蔑語を越えて市民権を得られたことを指すといえる。
実際、オタクの聖典コミックマーケットの来場者数の変遷では、2000年代前半は減少傾向にあったにも関わらず、2008年頃から東京ビッグサイトの収容人数の限界である50万人強を安定的に達成している。
今度はアニメという語の検索人気を観てみよう。
2011年1月の魔法少女まどかマギカによる検索上昇とその後の増加傾向に眼を惹かれるが、2007年からの微増傾向がニコニコ動画やYouTubeあるいはFC2動画をはじめとした動画共有サービスの誕生と爆発的な普及に合致していることに注目してほしい。
いうまでもなく、動画共有サービスにおける違法アップロード動画の氾濫はアニメを観ることのコストを著しく下げた。
シーズン毎に各局の放送日程を調べ、放送時間ちょうどにテレビの前に居座ったり録画設定をする手順や制約をなくし、アニメの画質にこだわらなければDVDなりVHSなりBlu-rayなりを購入ないしレンタルする金銭的コストもなくした。
また、今や衰退の一途をたどるニコニコ動画がその特殊なコメント機能の発明により、動画視聴にみんなでワイワイ観ている感覚を擬似的に価値付与した功績も非常に大きい。
結局のところ人間はかなりの程度で哺乳類で、脳機能に何らかの障害を抱えてしまったごく一部の人間を除き、その大部分は仲の良いひとたちと毛づくろいしたり噂話したりすることで幸福感を味わうようデザインされているからだ。
要するに、インターネットと動画共有サービスの誕生と普及が僕たちのアニオタになる敷居を下げた、控えめにいってもかつてより多くのひとをアニメに詳しくなりやすくしたといえる。
一般的には、アニメの第1次ブームを『鉄腕アトム』が放送開始した1963年から68年とし、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』、『超時空要塞マクロス』、『うる星やつら』などを世に送った1977年から84年を第2次ブーム、そして、1992年の『美少女戦士セーラームーン』や95年の『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットから90年代半ば以降を第3次ブームとするようだが、バブル崩壊の影響からこの時期のアニメの放送本数はあまり伸びていないらしく、いつからいつまでを第3次アニメブームと定めるかは意見が分かれるらしい。
とはいえ、オタクという語の検索人気が微減傾向から回復し、動画共有サービスと違法アップロード動画が低コストのアニメ視聴環境を作った上にまどかマギカがアニメの検索人気を一気に引き上げた2011年を、第4次アニメブームの起点と見なすことはなにも難しくないだろう。
アニメ評論家の藤津亮太によれば、日本の劇場アニメの市場規模は宮崎駿作品のある年を除けば200億円ほどだったが、『おおかみこどもの雨と雪』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、『ONE PIECE FILM Z』が公開された2012年は宮崎駿作品抜きで400億円を達成し、それ以降はこの額をコンスタントに超えるようになったという。
現代のサブカルチャー作品はメディアミックスを前提とし、多様なジャンルの2次創作群が公式の周りを銀河のように渦巻いている。
アニメに親しみ掘り下げる敷居が下がったということはつまり、その心理面はともかく、行動と興味関心ではオタクになりやすくなったことを意味しよう。