もてなしと美味しさの蜜月、浅草橋ブレッドボード専属シェフ・永木三月は語る!

美味しいのひとことを頂く瞬間は、料理人冥利に尽きます。

最近、東京・浅草橋のシェアハウス、浅草橋ブレッドボードのさまざまなイベントで料理をふるまう機会を頂きます。たとえば、参加者や住人との多彩な交流を目的とした毎週定期開催のカレー会などです。こちらのシェアハウスでは、リビングをイベントスペースとし、週末を中心に様々な会を催しています。カレー会にいらっしゃるお客さまは普段から出入りされている常連の方々やその繋がりの方がほとんどです。

正直にいうと、最初の数回は、自分の料理への反応を得たい一心でレシピの正確な再現に集中していました。しかし、本番を重ね、再現の苦労が減るにつれ、私は自分の目指すべき美味しさを別の視点から眺められるようになりました。今回はこの事例からおもてなしと美味しさの秘密の蜜月に迫りましょう。




19世紀フランスの代表的な美食家グリモ・ド・ラ・レニエールは、食事会の理想を著した『招客必携』でホストがすべきもてなしについて綴っています。興味深いことに、レニエールは最初の章を招待客の選定方法から始めました。彼は、それぞれの客人に対して一人は見知った相手がいるように招待客を集めることが食事会の交流を促す上で重要であり、会の環境整備もまたホストの責務と主張したのです。なぜでしょうか?

極端な例ですが、パーティや食事会などとは全く異なる食事の場として高級レストランを思い浮かべてみましょう。

ここでは、お店の客同士の関係は希薄で、お互いに言葉も交わさず食事を終えることがほとんどです。意図せざる干渉を避けあうことで食事の場はより快適になります。そのぶん、料理のパフォーマンスにせよ、気の利いたサーヴィスや会話にせよ、お店の給仕やシェフたちとお客との結びつきは食事の満足度に大きく関わります一方、パーティや食事会では、客同士の関係は親密なことが理想であり、その達成が、イベントとしての食事の満足度を決定します。主催側にもまた、良き裏方の役割が求められ、もてなされる側との一対一の関係は前面には出てきません。

つまり、レストランのような飲食店とイベントとしての食事会とでは食の満足度の基準とお客をめぐる関係が異なり、後者の会における食事では、美味しい料理の提供よりも来客者同士の賑やかな時間の質にこそ重きがあります。その実現の端緒が招待客の選定です。もてなしは、居心地良い時間のデザインにほかなりません




浅草橋ブレッドボードのカレー会も、交流が趣旨のイベントである以上、会の満足度は来客者同士の親密さに左右されます。もてなす側の私は食事会を賑わせる裏方としてどのような料理をすべきか考えました。

まず、味の工夫です。本格的なレストランならマニアックなおいしさも許されますが、この会での料理は交流の肴のため、好き嫌いがわかれるものではなく、人受けの良い優しい味わいの料理が欠かせませんでした。

私の作るカレーは本格的なインドカレーがベースのため、スパイスに慣れない人や辛いものが苦手な人には食べづらい可能性があります。その対策で提供するようにしたのがお口直しのヨーグルトドリンク・ラッシー。メニューを事前に予告することで、「いざ行ってみたら苦手な料理で食べられなかった」という事態にも備えました。

次に材料費です。来客者交流を旨とした会のため、会費の高さが原因で客足が遠のくことは望ましくありません。幸い、カレー自体には良い反応が得られたので、材料費を抑える代わりに下ごしらえにこだわり、会に参加するハードルを料理が上げてしまわないよう意識しました。

最後に仕込みの分量です。飛び入り参加の方が毎回多数いらっしゃるため、5、6人前は余分に作るようにしました。盛りつけもすべて私自身で行い、分量の不足や不平等が起きないよう常に気を払っています。

個人的には、料理を出すからには、来場された方全員に料理が行き渡り、すべての皿が空になって戻ってくることが第一の達成目標です。それに加え、場に見合った形で料理のクオリティを上げていくことが専属シェフとしてのもてなしのテーマでした。

とはいえ、カレー会のもてなしを支えていたのは私の工夫だけではありません。会を語るのに欠かせないもう1つの柱が浅草橋の会場であるシェアハウスです。




前述の通り、来場者交流を目的とした食事会ではお客同士の親密さが肝なのですが、浅草橋ブレッドボードのようなシェアハウスは環境としてかなり良い場所です。というのも、カレー会の客層の中心はシェアハウスの常連さんというだけでなく、Facebookで一般公開していることもあり、新しく来られる方も常連さんとの繋がりで来る場合がほとんどで、お客さん同士が参加前からある程度の繋がりをもっていることが多いからです。

つまり、カレー会でのもてなしは、レストランとはもちろん、レニエールのいう食事会などとも違っています。『招客必携』における理想の食事会がホストの完璧な管理の元で成立しているのに対し、浅草橋のカレー会では、普段のイベントなどで定着した常連さんがシェアハウスの豊かな土壌となって円滑な交流を促進しますこうした特殊な場のあり方は、もてなし手に普通求められる環境整備にあまり気を払わずに済ませられるため、イベントの主催側に大きなメリットをもたらします。

カレー会では、カレーを提供する以外の決まりがないという自由度の高さを活かす余裕が生まれました。私は、本格インドカレー好きの同好の友人との共同制作や料理に適ったインドデザートの提供など、カレー会のフォーマットを活かしてさまざまな挑戦を盛りこみました。カレー会にふさわしい美味しさを多面的に追究し実験できたことは、浅草橋ブレッドボードの理念ともカレー会の居心地作りとも無関係ではなかったでしょう。

創作・実験・思考するための試験場を掲げるイベント駆動型 Event Driven シェアハウス・浅草橋ブレッドボードの環境としてのおもしろが、私の料理の提供と同じくらい、あるいはそれ以上に食事会のもてなしを特徴付けています。食事の美味しさもまた、環境、それに伴うもてなしと、切っても切れない深い関係にあるのです。





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もてなしと美味しさの蜜月、浅草橋ブレッドボード専属シェフ・永木三月は語る!
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テイスティング専門家の永木三月が、浅草橋ブレッドボードでの料理経験をもとに食事のもてなしと美味しさの深い結びつきを語る。19世紀フランスの美食家グリモ・ド・ラ・レニエールを越え、今日のシェアハウスが有する食事イベントのおもしろさとは何か? インドカレーは人間同士を結びつける!
Author
羊谷知嘉 Chika Hitujiya

永木三月 Mitsuki Nagaki

About 永木三月 Mitsuki Nagaki

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テイスティング専門家。食べ比べの会「おいしいもの味覚鑑賞会」主催。現在はフレンチレストランで働く傍ら、日本酒専門情報サイト「SAKETIMES」のライターとしても活動中。 「食べ比べ」をテーマに、高級レストランの批評から、日々作るごはんのレシピまで、食のあらゆる楽しみを伝えるべく活動しています。