クリプティッドの末裔
文田川先生の小説創作教室
【動画】所瀬町 小説創作教室 講師紹介 – 文田川萬次郎先生
第0回 『生活の言葉、小説の言葉』
50年前の所瀬町誕生と同時にお披露目された町会館の一室。
いまや全面禁煙だが、かつて喫煙天国だった古き良き時代の名残りは壁の黄ばみに残っている。
部屋の前面にはさまざまな筆跡の入り混じった年季のあるホワイトボード。
そのホワイトボードの前で、折れた左腕をギプスで固定した壮年の男が、異常に細く尖った顎と、全面に咲乱れるニキビの花の目立つ顔をしかめながら仁王立ちしている。
文田川「えー、『三つ子のたましい百まで』とは偉大なる先人はよく言ったもので、みなみなさま御承知の通り、幼少期の癖は大人になってもなかなか変わらないことを喩えたことわざでありますが、そのある種の真実に対して、馬鹿馬鹿しい、くだらない、そんな小さなころの癖を大のおとながいまだ抱えているなど情けない、と思われる方もいらっしゃるかも知れません。いやはや、失礼ながらそういった方々は、結局のところ、疑うことを知らない赤子並みの知性でいままで生きてきたのでしょう、というのはですね、ほらほら、たとえば綺麗に折られた私の腕ですが、これはまさしく三つ子のたましいをひきずる私のまねいた無用な喧嘩の賜物にほかならない。
ことの起こりはつい2週間前の秋盛り、いまだ夏をひきずる10月の陽気を浴びて商店街をてちてち歩いていると、『耳掻き処 紫苑』と書かれた立看板が左手に。繊細、追憶の意味を持つ花の名を冠した店名にまず惹かれ、所瀬全土をゆらした鼓膜破りの3日間以来、そう、思い出すのもまるで忌まわしィィィィい、あの屈辱的な日々以来、かかりつけの耳医者に縁を切られて耳垢の掃除に困っていた私ですから、そりゃもう考えるまもなく店の敷居をまたいでいたわけですがね、店内で待ちうけていたのは、困ったことに、繊細な人格とはほど遠い言語障害の耳掻き嬢だったのです。
まあ、自己紹介の時点で、まるで知性を感じない半開きの締まりのない口と、語尾を伸ばすような気怠い口調にうんざりしていたのは認めます、が、真の問題は彼女の言葉選びにありまして、嬢の膝に私のあたまを乗せ、さあ、これから耳垢かっぽじるぞ、キレイキレイするぞという段になり彼女の口から飛び出た言葉はなんと、『みなさま、私の耳掻きのあとは、平面だった音が立方体になると仰るんですよ』。
耳を疑いましたね。
まさか音を視認可能な物体と思っているわけではなく、いままで聞こえなかった音を耳掃除によって拾えるようになり、結果として空間内の出来事をはっきり把握できるようになることの喩えでしょうが、本来そのような使い方はしませんので、私くらい聡明で察しの良ければいざしらず、言語勘の鈍い聞き手なら頭上にクエスチョンマークが浮かぶに違いありません。どうやら、私の三つ子のたましいは言葉の誤用や未定義の造語に対する厳しさにあるようで、大学時代に同人誌に寄稿したさいに『弱冠21歳にしてうんぬん』という煽り文を主催者に書かれては、『弱冠』のあとには20歳と続けるのが正しいので、『誤用だ!』と叫びながら主催者のあたまを同人誌の角でなんども殴打しましたし、幼い時分、転校先の那覇の小学校で『くにがっぺ』という造語で馬鹿にされたときなどは、沖縄のはずれの国頭村(くにがみそん)出身の田舎者をあらわしていることなど知るはずもないので、『定義しろ!』と叫びながら発案者に飛び蹴りをかまし、あばらを木端微塵に破壊したものです。
ですから、そう!
耳掻き嬢の不親切なたとえを聞いたとたんに『定義が先だろうが!』と唾を飛ばして飛びかかり、ひったくった耳掻き棒を穢れたオカマに容赦なく突っ込んで、糞もろとも五臓六腑すべてを掻きだそうとしたのもなんら不思議ではないでしょう。とはいえ、もちろん嬢もその他のスタッフもその道のプロですから、一目見たときに私の三つ子のたましいを見抜いていたのでしょう、嬢にまたがったその瞬間、部屋のそとで待機していたスタッフ二人が扉を開けて猛然とこちらに突撃し、嬢から引き離した私をあッッッッというまに畳に組み伏せて、あくまで抵抗する私の身体を黙らすために殴る蹴るを繰り返し、挙句のはてには左腕をきつく締めあげボキッと――」
ナレーター「まずは正しい言葉遣いをすることを意識しましょうという、文田川先生のお話でした。動画の続きは教室で文田川先生から直接お聞きしましょう!」
「おばあちゃん、もう誤魔化さないで本当のことをおれに教えてよ」
芥川、三島、川端などの偉大な作家の名を冠した賞を欲しいままにしてきた私の輝かしい実績と、誰しも目の眩むような多彩なアイディアや、40をなかば過ぎてもなお増進する創造性、そして、類まれなる文才をすこし顧みれば、もはや火葬場で灰になるのを待つだけの老人と、モノの分別の付かないガキしか手に取らない地方新聞のコラムの執筆など役不足もいいところなのは百も承知だったが、クソ忌々しくも、私は金というのを考慮しなければならない立場にあった。もちろん、22の時分に大学の学生会議室で未確認生物研究会の新人の女の胎に子種をぶちまけて以来、約20年ものあいだ、まさしくUMAのような姿形もわからない我が娘のために、養育費をせびられ続けた私である。心身を文学の発展に捧げている反面、自分の言葉が金稼ぎのための道具でしかないことも常に意識してきたし、創造性のおとろえで筆を置こうとしたことなど一度もなければ、締め切りを破ったこともなく、つまり、一作書いただけでアイディアを根こそぎ使い果たしただの、作家としての抽斗を増やそうと新たな文体構築に挑んだら、本来の文章を書けなくなって泥沼に嵌っただのとのたまう甘っちょろい青二才とは違って、状況や媒体を選ばず最高の文章をお届けするなどお茶の子さいさいなのである。
先生のそんな作家性と相性ぴったりの仕事がありましてね、と地方新聞のコラムの仕事を私に持ってきたのは、我が娘の動向調査を一手に請け負っている神出鬼没の名探偵・二九方祐希。実際の彼の本業はアナルセックス専門のアダルトビデオ男優で、探偵は本業のあいまの道楽に過ぎないが、人捜しにおいて彼に並ぶ者などおらず、私が辺鄙な所瀬町のはずれに居を構えているのも、何を隠そう、我が娘がこの街に部屋を借りて一人暮らしをしているという情報を彼から得たからに他ならない。娘の情報収集を頼んだときに、先生もヒトの子だったんですねぇ、ま、家族と向き合うのがちょっと遅すぎますけどね、などと顔をほころばせて奴は茶化したが、いまさら娘といい関係を築こうと夢見るほど呆けてはいない。宗教上の都合という理由で胎の子ともども棄てられた女が、そんな倫理に悖る宗教にかしずく父を良いように娘へ紹介するとでも? まったく別の目的を果たすために捜索を頼んだにすぎない。
恒例の娘の現状報告を済ませたあとに依頼してきた仕事は、これまでコラムを担当していた主筆の深刻な膀胱炎に端を発しており、どうやら、包茎手術のせいで尿道に細菌が侵入してからというもの、他の膀胱炎患者とおなじように前立腺の細菌を取り除くのに難儀しているらしく、若ければ無理をしただろうが最早そんな齢でもなかろうというわけで、完治するまでは代理をたてようと社内で決まったからだ。たしかに脚光を浴びづらい仕事ですが、新聞は週一回の発行だからスケジュールを圧迫することはまずないし、なにより、金におこまりの文田川先生にとって決して悪いお話じゃないはずですよと、国家の犬どもに没収された我が最愛のウミガメ、龍之介の写真を一瞥して最後に付け加えたのだった。
絶滅危惧種のウミガメを捕獲したことで課せられた罰金の支払いに頭を悩ましていたのは確かだが、それでなくとも私は彼の人捜しの能力に敬意を持っているし(ついでに尻穴の扱い方も)、何より、娘の居場所を突き止めてくれた恩も当然感じていたので、人口減少と高齢化で滅ぶのを待つだけの所瀬町に娯楽をくれてやろうと一肌脱いだわけである。
コラムは所瀬町に関係したものでなければならず、基本的には住民の知見を広げ、健全な青少年の育成にも役立つ記事を、さらにユーモラスな要素があれば申し分ないとのことだ。つまりは所瀬町の老人と子どもの生活を彩るのが私の仕事だが、読者層のはっきりしている仕事というのは不特定多数の読む全国流通の小説とはまったくちがい、宛先が明確でテーマを設定しやすいので、業界内屈指の遅筆として知られる私でも、わずか二日でコラムデビュー作を書きあげることができた。
原稿を担当者に送ってから翌週の新聞発行までのあいだは、含蓄に富む私のコラムが教養のない所瀬町の田舎民に理解できるかいささか心配だったが、いざ発行日を迎えてみると杞憂であったことに気付き、というのも、いつもの夕方の散歩で公園の前を通りかかると、噴水前でしゃべくっていた愛犬家の老婦人、老紳士の一団が、私を見つけるやいなや一斉に目を見開き、その目がまるで長年追い求めていたUMAを発見したときの驚きと歓びに満ち溢れていたからだ。この寂れた町に希望の灯をともせたことに気を良くすると同時に、もう十年近く病床に伏しているおばあちゃんに一刻も早く電話しなければとも思った。故郷の沖縄に住むひとびとの生態を珊瑚礁の視点から語った作品、『DJサンゴ』が芥川賞を勝ち取るまでは良かったものの、隙あらば沖縄県民の態度を批判し、ときには目を覆いたくなる汚い言葉で痛罵を浴びせるような、人によっては鼻持ちならないと思われても仕方のない内容は、他人の役に立つことこそ美徳であり、ひとさまの悪口を言うなどもってのほかだと言い聞かしてきた彼女にとっては嘆かわしいものだったらしく、そのおかげでここ十年はほぼ絶縁状態にあったのだ……。
褐虫藻と折り合い良く共生する我々サンゴからしたら、戦後60年経てるにも関わらず、本州を内地と呼び、自分らを外側の人間だと自嘲まじりに語って壁をつくる沖縄のひとびとは、損得勘定のできない卑屈ないじめられっ子にしか見えないのである。我々だってなにも好んで気味の悪い黄色の藻を住まわしているわけではないが、彼らの光合成が産み出す豊富な養分は、身体の大半を貸すに値するので仕方ない。そう、これはビジネスだ。赤の他人と友好的に接することでしか利益が生まれないことなど、原始人ですら知っている基本中の基本。過去のしがらみを水に流し、我々のようなビジネス観を県民が身につけないかぎり、つまり大人にならないかぎり、観光業とコールセンター招致で何とか凌いでいる経済事情から脱することは出来はしまい。……。
無用なさわぎを惹き起こして本当に申し訳ないと思っています、コラムの仕事を先生にまわしたのは明らかに僕の失策で、芥川賞のこの段落をしっかり読めばすぐさま解るよう、先生はひとびとを幸せにする作家というよりも調香師のたぐいだというのをすっかり忘れていましたと、私の初コラムの載った号が発行されてから起こり、三日三晩おさまらなかった乱痴気騒ぎについて二九方は謝罪した。結果からまず言うと、私のコラムはまるで流行りの病よろしく関わる者すべてに不幸をもたらしたのであって、私にかぎって言えば、おばあちゃんがすでに株式会社・聖なる湿った大地の沖縄霊園支部に永久就職していたという事実が電話で判明し、新聞社側の被害も甚大といえば甚大で、コラムの内容に我慢ならない町民たちに電話の雨あられを降らされ受付係の鼓膜という鼓膜を破られるハメになったとのこと。江戸時代末期のええじゃないか狂騒を例にとればわかるよう、民衆というのはいつの時代でもみな心優しき働きもので、道理をはずれたものを目の当たりにするやいなや、世直しいう名の大義のもとに矯正しにかかるものだが、新聞社の耳役の鼓膜を破壊してもなお腹の虫のおさまらないそのうちの数人は、こともあろうに、私のアパートまで突撃してくる始末であった。
そんな熱心な世直し党員のひとりは、所瀬町ゆいいつの耳鼻科医であり、中学生の娘を持つ青木登氏で、耳のあつかいはきわめて乱暴で二流と言うほかないが、他に競合の医者のいない土地に院をかまえたり、見るひとのこころをとろけさせる持ち前の笑顔と穏やかな物言いを駆使したり、医者というよりは商人の素質を存分に発揮して所瀬の耳穴を牛耳っている。その日、インターフォンの画面に映されていた彼の顔にはいつもの笑みが浮かんでいたものの、どちらかというとそれは、背骨をじりじり焼くような怒りを和らげるためのものであり、初診の患者を今後もずっと病院にしばるための、やさしい呪いのような笑顔ではなかったのは間違いない。それでも、彼は紳士然とした態度を崩さずに、
「お忙しいところ申し訳ありません。先生にお伺いしたいことが御座いまして……。お時間をすこし頂いてもよろしいですか?」
と、患者のこころのすきまに潜り込むためのいつもの猫撫で声で言い、私を玄関まで引っ張り出そうとした。その慇懃な言葉の背後にコラムへの罵詈雑言が万では足りないくらい隠れているのはお見通しだったし、微塵もおもしろくなかった作品を無理してほめるときの、あるいは、できるだけ相手を不快にさせず、自分への敵意をもたせないような都合の良い批判の言葉を探しているときの編集者や同業の作家とおなじ面持ちだったので、すぐさま玄関の戸を開け、
「素晴らしいコラムを読めたことへの感謝を伝えにきたのですね。つい先ほどもコラムのおかげで人生に希望を見出せた方がいらっしゃったのですよ。糞ほども価値のないと思っていた人生が、肥料程度には格があがった、とね。ま、糞には変わりないですがね!」
と、三文芝居をやめさせ、はらわた煮えくり返るような怒りに満ちた胎の底を存分に吐き出させるために、挨拶がわりの煽り文句をあくまでさばけた調子で口にした。私は本当のことを知りたいといつでも願っているし、本音をつつみかくさず口にさせるのは、理性のなせる使命感や相手への信頼感、あるいは胸の裂けるような悲しみなどの、われわれが哺乳類以後に獲得した上等な機能では決してなく、より低級な生き物から受け継いだ、全身の筋肉をふるわせる怒りと憎悪なのを私は充分知っている。笑顔を貼り付けたこの耳医者も多聞にもれずそのようで、私の言葉を聞いたとたんに表情が険しいものに一変し、「まさしくコラムのことです。色々と思うところはありますが、まずはこの文章を御自身でどう思うのかお聞かせ願いたい」とドスを利かせて言い、庶民派アピールで着ている安っぽいトレンチコートのポケットから新聞の切り抜きを取り出すと、コラムのとある文章を指差して読むようにうながした。
……。土地と身体の形成が切っても切れない関係にあるのはイグアナのみならず人間も同様で、たとえば、坂道が多くて起伏のはげしく、かつ、施設間の距離のはなれた所瀬に住む女性の尻は肥大し、そこから生える足もまた、老いも若きもひじょうに太くたくましい。先行きみじかい老婆や、すでに夫を勝ち取った貴婦人の方々などは、その問題についてふかく考える必要はないかもしれないが、これから過酷な恋愛市場に出荷されゆく中高生の少女たちにとっては、これ以上ない死活問題と言っても過言ではないだろう。体型の好みはひとそれぞれなのは確かであって、マニア受けを狙って悪いプロポーションを維持するのも戦略のひとつと言えば間違いないが、そういうマニアは人格にあやうさを抱えていることが多いという経験則からしてあまりお勧めできない。
結局のところ、人並みの幸せを得るのであれば人並みの好みをもつひとを捕えるのが一番で、そのためにも世間的に好かれる体型を得なければならないのだが、インターネットや雑誌にうわさばなし……、つまり、あちらこちらに飛び交っている肥満に効く食べ物の情報に多くの女性がふりまわされているように見えるし、なにより、体質や胃袋のおおきさ自体を変えないかぎり、仮にいっとき痩せたとしても元通りとなるのは火をみるより明らかだ。その問題を解決するために私がお勧めしたいのは、ずばり、カロリーメイトダイエットである。……。
「いいですね。卓見だと思います。きっとこの瞬間にも、体型が原因で恋人に捨てられたり、クラスメイトに苛められたりして悲しい思いをしている女性がいることでしょう。親が結婚相手をこさえる文化がほとんど廃れ、じぶんで夫を勝ち取らなければならない現代において、ある程度の美は恋愛市場を生き抜くための武器として必要ですから、必要最低限の栄養だけを取れるカロリーメイトダイエットで肉を落とし、胃袋を小さくし、太らない体質を造ることでですね――」
「カロリーメイトだけではヒトは栄養失調になるぞ!」
「あ、そうなんですか。まあ、カロリーメイトにするか他の栄養補助食にするかは人それぞれの体質によるので正直どうでもよくて、美をたやすく実現できる肉体の素地を造ることが重要だと言いたいのですよ。カロリーメイトはあくまで喩えですよ」
「年ごろの少年少女はささいなことにも影響を受けるのは御存じでしょう? 娘が急にご飯に手をつけずにカロリーメイトだけを食べるようになり、それが3日4日と続くもんだから、さすがに心配になって理由を問いただしたら、決して、そう、決ッッッッッして醜いわけではないのにですよ、あなたのコラムを読んでからというもの、自分の容姿や所瀬という場所がよそより劣っているのではないかと疑念をいだき、将来が不安になったと涙ながらに……。一歩間違えば、娘が栄養失調になりかねませんでしたよ!」
「あなたの耳にはいっさい垢がないのかも知れませんが、脳にはたいそう垢の溜まっている御様子。娘が栄養失調になったらですって? ハハハッ、病院へ行きなされ! 鼓膜の破れたあわれな電話番から搾り取った治療費に比べれば、娘の点滴代などはした金ではありませんか――」
そこまで言うと、とうとう勘忍袋の緒が真っ二つに切れたのか、青木氏は新聞の切り抜きを握りつぶして地団駄を踏みながら、「貴様の人間性は赤子から毛ほども育っておらん」と口にして、「なにが芥川賞だ! ただの悪口と皮肉で取れる賞など何の価値もない! もしこんど病院の敷居を跨いでみろ! 貴様の薄汚ねぇケツ穴に小鈎(しょうじょう)ブチ込んでやる!」と続け、扉を思いきり閉めて帰ってしまった。父が私の人生からすがたを消して以来、真実と終わりは手をつないで一緒にやって来ることを解っていたし(はじまりの相棒は夢想だということも)、たとえ良い関係の可能性を失くすとしても、本当のことだけを知りたいし伝えたいとも思っているので、怒鳴り声の残響とともに残された私が自責の念や一抹のさみしさなんぞに囚われるはずもなく、作家界の必殺仕事人らしく気分をすぐさま切り替えて、青木氏との一件で思いついた創作術を披露できる場があるかどうかを考えていた。そして、コラムの依頼を安易に頼んだ罪滅ぼしのつもりかどうかは知らないが、二九方が小説創作講座としてその機会を用意してくれたので、記念すべき第一回で披露することにしたのである。
「勤務する中学校の男子児童を裸にしてカメラで撮影したなどとして、強制わいせつおよび青少年保護育成違反の疑いで、沖縄県国頭村の中学校教諭の男(42)を警視庁捜査一課が逮捕していたことが24日、捜査関係者への取材で分かった。」
さて、こちらはみなさまお馴染みの耳の先生、青木登氏ですが……と、二九方に頼んで手に入れた青木医師の写真を指差して私は講義をはじめた。単刀直入にお聞きしましょう、彼の容姿や人間性からあなた方はどういったモノ、ひと、あるいは現象を連想するでしょうか。いかにも教養のない呆けた面を張りつけた受講生の面々は、その問いが小説の作法となんの関係があるんだ、われわれは連想ゲームをしに来たのではなく、芥川賞作家さまのありがたい技術論を聴きに来てやってるのだと言わんばかりの敵意をむき出しにしていた。いつもなら歯牙にもかけずに話を進めるところだが、仕事を紹介してくれた二九方の顔に泥を塗るわけにもいかないし、それとは別の個人的な理由もあったので、「端的に言って小説を書くこととは、われわれの生きる世界から抽出した物事や思想……、あらゆるものの本質をアイディアとして加工する作業と言い換えられるのです、そして、その抽出作業は書き手の経験と知識によって結果のおおきく変わる仕事であるゆえ、あなたがた御自身で腕を磨いていかねばなりません。そのための練習として連想ゲームが適切なのです」と、あくまでおだやかに応えると、彼らはいちおう納得したのか、ある者は楽しげな顔で顎ひげをなでながら、ある者は苦笑いをうかべて眉間に指を当てながら、ある者はしかめッ面で手で耳をふさぎながら、おのおの青木医師との過去から作品の原石を掘り起こしはじめた。
とはいえ、その原石発掘訓練は、作品の書き方は知っていても創作の動機がない凡人専用のプログラムなのは間違いなかった。創作の動機のある、あるいは、運よく何かからそれを教わった才気あふれる者らにとって作品の原石は、掘りだすまでもなく足元に転がっている無価値なものにすぎないからで、私がその石ころにはじめて気がついたのは30年ほどまえの冬の夜、つまり、私が本当のことをなにひとつ知らなかった時分、同じ布団で寝ていた父が私の尻をいつもより執拗に撫でていたときだ。もとより私の尻はまさしく「桃のような」と喩えるのにふさわしく、形のきれいでやわらかく、しかもひんやりと冷たいときたものだから、沖縄の暑い夜にお前の尻は必要だなどとおどけては、父は私のすずしい尻を頼りにしていたのだが、その日の触りかたは普段の愛あるものとはあまりに違っていたし、平均気温が20度を下らない沖縄にしてはめずらしい、尻よりも湯たんぽが必要なくらい寒い日に涼もうとするのは明らかにおかしかったので、翌朝その珍事をおばあちゃんに話してしまった。いつだってヒトの善さを心底信じ、些細なことなどまるで気にしないおばあちゃんだったから、私の話を軽く聞き流すと思っていたのだが、父の行動を聞いたときの顔はどこか諦念の滲んだもので、ずっとまえに予言されていた地球滅亡がとうとうやってくるぞと言わんばかりの面持ちだった。その表情の意味を知るのは数日後のことで、
かつて高校の同級生を強姦したタチの悪い同性愛者だったこと、
一度改心したとはいえ若い男の尻への欲望は心の底で燻っていたこと、
その欲望が彼を中学校教諭へとみちびき、教え子に手を伸ばさせたこと、そして、
私のねむっているあいだに父はどこか遠い場所に連れて行かれたことなどの、あらゆる真相が雪崩のように私に襲いかかってきた。父が私にも欲情していたのを知るのはさらに先だが、なにはともあれ、父が私のまえからすがたを消して、彼の背中で息をひそめていた「本当のこと」を知ると同時に、足元の原石も視えるようになり、その余りある石ころを使った遊び以上におもしろいことなどないのも知った。
受講生たちが連想ゲームに耽っているときにそんな他愛のない昔話を思い出して整理したのには理由があり、その生い立ちと私の正体を二九方に頼んで連れてきてもらった我が娘に伝え、彼女の頭にわずかでも残っているかもしれない幻想――父はもしかしたらまともなひとで、母が感情的になりすぎているだけなのかもという幻想を、この場で完全に終わらせたいからだ。
創作の動機はいつだってくだらなくて単純だ。かつての私の恋人が未知なる生物を見つけたい、触りたいという欲望に従って未確認生物研究会の扉をたたいたように、二九方が未知なる快楽を求めてオカマを掘り続けるように、私はただ、休むことなく全身を駆けめぐりじぶんを語りへと向かわせる未確認生物、つまり、終わりのかたわれの正体を暴きたいがゆえに筆を執っているにすぎないのだから。