1.サードウェーブってなによ
「サードウェーブ」とは、アメリカにおけるコーヒー文化史のなかで「第3の流行」として位置付けられる事象である。主にカリフォルニア州などの西海岸エリアで発達した。この辺の歴史的流れはこちらで簡単に読めるので省略し、サードウェーブの定義について、わたしなりの理解のもと説明する。
サードウェーブ系のコーヒーショップが扱うコーヒー豆は、どの国・どの地域・どの農園/農協から出荷されているか。また、品種や精製方法に至るまで、出自がはっきりしている。(トレーサビリティ)
また、農園および農協との直接取引により、店側は高品質なコーヒー豆を仕入れ、また生産者には適正な対価が支払われる。ここでは映画『おいしいコーヒーの真実』で描かれたような、コーヒー商社の中間バイヤーによる「豆の買い叩き」はあり得ない。(フェアトレード)
そして、サードウェーブ最大の特徴は、浅煎りを最も豆の持ち味を活かせる焙煎度合いとし、その豆を使い、一杯ずつペーパードリップして提供するスタイルである。
しかし、わが国において「サードウェーブ」に位置付けられる店のなかには、フグレントーキョーなどの「北欧系」や、後にレビューで触れるAllpress Espressoなどの「ニュージーランド系」といったものが一緒くたにされており、定義から多少外れる部分もある。なぜ、こういった状況があるのかは、もう少しくわしく調べる必要がある。
また、「アメリカ西海岸系」のブルーボトルコーヒーですら、豆により焙煎の深さを変えたり、抽出もペーパーのみならずエスプレッソがあり、店舗によってはサイフォンやネルドリップによる提供もあるそうなので、上記の定義はあくまで目安と考えてよい。
2.レビューだよ
2015年2月18日、NORANEKO、羊谷知嘉、永木三月の3人メンバーで、清澄白河周辺の「サードウェーブ系」コーヒー店を巡った。順路としては ①ARiSE COFFEE ENTANGLE ②Blue Bottle Coffee ③Allpress Espresso ④The Cream of the Crop Coffee の流れで4店舗である。ここから、各店舗に対するNORANEKOのレビューに入る。
①ARiSE COFFEE ENTANGLE
ARiSE COFFEE ROASTERSから豆を仕入れ、主に喫茶に特化した2号店。ENTANGLEの独立した公式HPはわたしの調べる限りはないようである。
今回は全員、ペーパードリップによる産地別銘柄のコーヒー(いわゆるシングルオリジン)を注文した。NORANEKOはニカラグア、永木はボリビアを注文した。羊谷のものは銘柄を失念。ドミニカであったろうか。中南米エリアの生産国で、「ワイニー製法」と呼ばれる天日乾燥式の精製方法がとられたものであったとわたしは記憶する。
ニカラグアはブランデー等の洋酒のようなニュアンス。ドミニカ(?)はナチュラル精製らしいワインやチェリーに似た香り。ボリビアは穀物感とまったり感のある香味であった。
いずれも紙コップで提供されたが、総じて紙コップの匂いに負けている。それほど液体濃度は薄い。それでも香味から察するに、豆のポテンシャルは悪くない。しかし、舌の際にくるクロロゲン酸由来のえぐい酸味、うるさい渋味など、雑味成分は多くカップに落としこまれている。焙煎における水分抜き不足、豆のハンドピック不足、抽出における湯温が高すぎる、粉を湯で暴れさせるような対流のさせかたをしているのがありありと伝わる。サードウェーブが陥りがちな悪い典型であった。
②Blue Bottle Coffee 清澄白河店
皆さんご存知、2015年、2月上旬に日本初上陸を果たした、アメリカはカリフォルニア州発のコーヒーショップである。ここ清澄白河店が記念すべき第一号店。
NORANEKOはパナマゲイシャ、永木はケニア、羊谷はアレンジドリンクのニューオリンズを注文した。
パナマゲイシャはベストポイントよりはやや深めの焙煎。不要なロースト臭が乗っている。ゲイシャ種特有のフルーツ感としては、レモン香とはちみつ、マスカット香がそれなりにある。すでに様々なコーヒーマンの手によるパナマのゲイシャ種100%ロットを飲んでいる身としては、それほど高くは評価しない。頬骨にキンキンくる酸味と背筋の寒気、脳が異様に覚醒する感覚がある。
ケニアは量感やコクを出しつつ、酸味も適度に活かそうという意図は見える。だが、濃度が薄いわりに、酸味と渋味、いがみがうるさい点は変わらない。
両者のコーヒーに言えるのは、エキスを凝縮する技術と、さらっと軽く、華やかな香味だけを抽出する技術とが中途半端に組み合わさり、要らない要素までカップに溶かし込んでいることである。正直、蒸らし行程は省いて、90℃台後半で一気に抽出量まで注いでしまったほうが飲みやすく華やかなものになるのではないか。
ニューオリンズはあまり印象に残らず失念。
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後日談だが、知人の購入した清澄白河店のとある豆を見る機会があった。シナモンローストに近い浅煎りにしてもひどい煎りむらとクズ豆の混入、水分抜きの未熟なコーヒー豆特有の表層のわずかな湿り気などがあり、閉口した。これは如何なるドリップやエスプレッソなどのプロフェッショナルでもカバーしきれないであろう酷いクオリティである。
現状、清澄白河店はその本来のキャパシティを遥かに超えるであろう客数に対応している。あるいは、その結果生じたクオリティの低下でないとも言えない。失望を感じつつも、いましばらくは見守りたい。
スターバックスに次ぐ、新たな「黒船」として、日本のコーヒー業界に変革を促すような「脅威」として機能することをわたしは望んでいる。
③Allpress Espresso
ニュージーランド発のエスプレッソコーヒーショップ。1986年創業だが、日本進出は2014年の清澄白河店が初。NORANEKOと羊谷は、エスプレッソとお湯がセットで添えられた「ロングブラック」、永木はエスプレッソを注文した。
前日の下見で飲んだときはエスプレッソの苦味が突出してアンバランスだったが、この日はコンディションがよかった。濃密でアプリコットのニュアンスがあり、酸味も苦味も調和している。お湯を足すと、やや酸味が際立ちすぎるきらいはあるが風味は伸びている。
実はこの「ロングブラック」という手法は、美味しいコーヒーをつくるうえで理にかなっている。というのも、コーヒーのエキス抽出において、純粋に美味しい成分が出るのは最初の30cc程度で、それ以降はどんなに工夫を凝らしても多少は雑味成分を溶かし込むことになる。それならばいっそ、きわめて濃厚なコーヒーエキスを少量抽出し、あとはお湯で割ってしまったほうが綺麗な香味を楽しめるし、うまく凝縮されたエキスならば意外と薄さは感じないものである。
このお店のエスプレッソには羊谷、永木を含め高評価がついた。清澄白河界隈ではとくにレベルの高い店であろう。
④The Cream of the Crop Coffee
チョコレートブームの火付け役とも言われる高級チョコレートブランド『ピエール マルコリーニ』の輸入販売を手掛ける『The Cream of the Crop& Company』が展開するコーヒーショップである。いくつか店舗があるが、2012年に開店した清澄白河店は主に焙煎工場としての役割を担っている。
NORANEKOはグアテマラ、羊谷はマンデリン、永木はエチオピアを注文した。いずれもペーパードリップで、紙コップの提供である。
豆はARiSEと五十歩百歩の印象だが、ドリップの際の湯温の調節はこちらが適切。香味表現の欠点もほぼ同様だが、紙コップに対する負けはわずかに少ない。また、雑味も比較すれば抑えられているほう。
エチオピアは順当なレモン香、マンデリンは動物性脂肪と穀物感の混淆したニュアンス、グアテマラは無難だが印象に残りづらい。永木によれば、コリアンダーのニュアンスがあるという。
《総評》
まず先に断っておきたいのだが、わたしは浅煎りのコーヒーも好んで飲む。性能の良い高火力の焙煎機とスペシャルティクラスの高品質の生豆を使えば、芯残りのない浅煎りコーヒーは作れる。それは果実感のある瑞々しい香りと酸味があって、まるでジュースかフレーバーティーのような味わいがある。日本国内では珈琲工房ホリグチや丸山珈琲など、90年代に創業し、00年代に躍進したスペシャルティ志向の自家焙煎店が、こうしたコーヒーを作る先駆けであり、代表であった。そして、彼らの元で修行を積み独立した個人の自家焙煎店が日本全国に散らばり、それぞれの地で高品質のコーヒーを提供している。師匠筋を越えるクオリティの店もいくつかある。
私も00年代半ばに、とあるスペシャルティ系の自家焙煎店で良質な浅煎りコーヒーを飲み、魅力に開眼したひとりである。それから、煎りの深さによる好き嫌いはなくなった。
では、なぜ今回のサードウェーブ系のお店は辛口の批評が多いのか。それは何も、「スペシャルティ系の店を見習え」と言いたいわけではない。彼らは彼らの個性を活かしたスタイルで良いのだ。
しかし、今回巡った店は焙煎も、抽出も、いずれもが「個性」で片付けられないレベルで稚拙な店が多かった。All Press Espressoが唯一、真っ当なクオリティである。
これは、スタッフの技量ばかりを責めるべきではあるまい。むしろ、スタッフを育成する責任者が、サードウェーブのスタイルで美味しいコーヒーを作る方法を知らないか、教えられていないのだろう。わたしはこの事が問題だと感じている。
また、もうひとつには、サードウェーブコーヒーの流行により、店のキャパシティを上回る来客数に対応するのが精一杯で、クオリティ維持が困難なケースである。高品質な浅煎りコーヒーは、ある意味で深煎りよりも難しいから、その点を考えると同情出来なくもない。
このように、散々な評価でこそあったが、わたしはサードウェーブ系を否定したいのではないと改めて言おう。すでにいくつか、良質なサードウェーブのお店について噂は聞いているし、そうしたお店にも近日、行く予定である。そして、今回は酷評した店であっても、評価の修正が行われる事もありうる。新しい世代への期待は失うどころか、もっと探したいのである。
特に、ブルーボトルコーヒーには頑張って欲しい。機材設備と潜在的なアドバンテージは高いし、知人の行った表参道店では才能ある若手のドリップマンがいたとの話もある。これからも動向は追ってゆきたい。