2014年もいろいろなことが起きました。ウクライナの政治問題に始まり、宗教、国家的には、中東におけるISIS(イスラム国)の台頭、技術的にはインドの無人探査機が火星に到達するなど、世界のパワーバランスがさまざまな面で急速に変化したように思います。昨年は、ICT(情報通信技術)革命とグローバリゼーション以降の現代におけるひとつの重要な転換点だったかもしれません。
このことは、マーケティング分野についても同様の指摘ができるでしょう。今回は、マーケティング、ことにデジタルマーケティング界隈での世界情勢と同期した転換の動向を浮きあがらせます。ポイントは以下の3点です。
- オープンでエディタブル(Editable)なコンテンツ
- デジタルとフィジカルのスパイラル構造的シェア
- コンテンツの生態系
まず、インターネット登場以降のデジタルマーケティングを振り返ってみて分かるのは、自己完結型のコンテンツを企業が提供し、Facebookなどのソーシャルメディアで拡散していくというのが基本的な流れでした。具体的には、企業の製品プロモーションなどのユニークな動画がYoutubeにアップロードされ、それがシェアされていくといったものです。最近の例で言えば、映画『キャリー』や、コカ・コーラ社のインドとパキスタンを繋ぐ自販機のプロモーションです。
しかしながら、2014年に注目を浴びたのはこれらとはまったく一線を画すものでした。結論から言えば、2014年に爆発的に流行したのは、企業などが提供するコンテンツにはユーザーに何らかのアクション(加工・模倣)を喚起させるオープンかつエディタブル(Editable)な特性がコアにあり、デジタルとフィジカルのスパイラル構造的なシェアの過程を通して、オリジナルコンテンツとユーザーのエディテッド・コンテンツ(Edited Contents)が独特の生態系を形成していったものです。
1. オープンでエディタブルなコンテンツ
昨年最も世界で再生された曲、Pharrell Williasの“Happy”はその楽曲以上にミュージックビデオと世界中のファンがそれにあわせて踊ったトリビュートビデオが社会現象として注目を集めました。このファン動画をまとめたサイトによれば(参考:1)、現在まで、153カ国から総計1950本もの動画がアップロードされたとのこと*1。ファンによるトリビュートビデオがグローバルに流行った点は、2013年の終わり頃から同じように世界中の人々が踊り、動画サイトを一時期占領していた”Harlem Shake”と非常に重なるものがあります。
ファレル・ウィリアムスの“Happy”とハーレム・シェイクに共通するのは、コンテンツのオープンなエディタビリティ(Editability)です。従来の自己完結型のコンテンツでは、その完成度やユニークさという「プロの仕事」が前提にあり、一般ユーザーがそれをある意味で拍手するようにライクやシェアをしていました。これに対し、“Happy”やハーレム・シェイクには、一見誰もが真似できる(正確に言うと、真似したくなる)「素朴さ」が大きな特徴にあります。この広く一般ユーザーの模倣を喚起する素朴さがエディタビリティの正体です。
また、アイスバケツチャレンジはこの「素朴さ」が馬鹿馬鹿しさと繋がったコンテンツ・ブームの好例です。SNS上で指名されたら寄付をするか、氷水をかぶった動画をSNS上に上げて、別に3人を指名していくというアイスバケツチャレンジも、誰もができる「素朴さ」故に全世界的に拡散されたのです。昨年の7月頃から米国のボストンを起点に拡まったアイスバケツチャレンジは、8月18日時点のフェイスブック調べによると、フェイスブック上の参加者は2800万人以上、シェアされたビデオは240万本に達したとのこと。約40日間で2400万本の動画アップロードです。
肝心なことは、ユーザーのアクションを如何に喚起するかという点にあります。アメリカのセブンイレブンが販売しているスラーピーというドリンクの髭つきストローや(参考:2)、スウェーデンのフィットネスクラブ、Friskis & Svettisのセルフィー文化を利用したフリーTシャツプロモーション(参考:3)などが良いケースです。つまり、如何にシェアしてもらうかというパラダイムから、如何にコンテンツを加工してもらうかへのパラダイムシフトが、2014年のマーケティングトレンドにあったのです。
2. デジタルとフィジカルのスパイラル構造的シェア
2014年のデジタルマーケティングが従来と一線を画す第2の点は、デジタルとフィジカルのスパイラル構造です。これまでのシェアは、前述したとおり、Youtubeなどにアップロードされた動画であったり、Facebook上のポストであったりで、つまり、デジタル上のコンテンツはあくまでデジタルでしかシェアされておらず、全てのプロセスはデジタル上で完結していました。しかし、昨年注目された事例は、簡単に言えば、デジタルからフィジカル、フィジカルからデジタルのスパイラル構造的にシェアされたものです。つまり、YoutubeやFacebookといったデジタル上で“Happy”やアイスバケツチャレンジを見た一般ユーザーが自分たちで実際に踊ったりアイスバケツチャレンジをやったりというフィジカルな加工を行い、それをまたデジタル上にアップロードしていく、このフィジカルとデジタルの往還的なスパイラル・ステップが延々と続いたのです*2。
3. コンテンツの生態系
インターネットの登場以降、「双方向性」や「参加型」といった言葉が盛んにもてはやされました。しかし、インターネットというメディアが可能にしたのは、本質的にはあらゆる次元でのクリエイティビティの民主化です。ひとつのコンテンツがシェアされるのであれば、拡散されるコンテンツも当然ひとつですが、このオープンなエディタビリティによって加工されたコンテンツは、複製のシェアではなく、文字通り新しいコンテンツにほかなりません。その場合、拡散されるコンテンツは、オリジナルのものと、そこから世界中の人たちが加工した新しいコンテンツの二通りになります。こうしてできあがるエディテッドコンテンツ(Edited Contents)の関係はより大きなコンテンツの生態系を形成していきます。この生態系の拡散の速さと力強さは、ひとつのオリジナルコンテンツがシェアされていくだけの場合とは比較にならないぐらい、速く、強大です。これこそが2014年に圧倒的に力を持ったマーケティングの正体です。
「インターネット」と「グローバリゼーション」で語られる現代では、情報へのアクセスコストも発信コストも加速度的に低くなり、世界中の人々が緊密に結びついていきます。私見では、この現代という時代空間は1980年代頃からすでに始まっており、30年以上経っていますが、我々の世界が本当の意味で現代化したとはこれまでいえませんでした。例えばこれまでのデジタルマーケティングにおいて、コンテンツが自己完結型でありかつデジタル上で完結していたことを見ると、やはり我々の人間の認知にとってデジタルはデジタルであり、どこか身体的な世界とは別のことという割り切りがあったように思えます。
しかしこの2014年、Windows95から20年の歳月を経た今、インターネットのメディア特性にやっと現代の世界状況が同期してきたように観えます。インターネットのメディア特性のひとつであるクリエイティビティの民主化がグローバリゼーションと相まり、国家でもなく、大企業でもなく、小さなグループや個人に力を与え、文字通り世界にダイレクトに影響していくことを可能にしたのです。実際、これまでに形成されてきた国家間のパワーバランスはウクライナ問題に見られるように不協和音を響かせ、同時に、イスラム過激派のいちグループであったISISはインターネットを用いて世界中から兵士を性別、人種を超えてリクルートし、遂にはイスラム国として国家樹立の宣言をするまでに至りました。これはまさにインターネットのメディア特性やグローバリゼーションに世界が同期してきた証左にほかなりません。
そして今回の記事で述べたように、マーケティングにおいてもファレル・ウィリアムスの“Happy”やアイスバケツチャレンジなどの確かな転換点が見られました。デジタルとフィジカルのスパイラル構造というのは、言い換えれば、人間の認知上のデジタルはデジタルという割り切りに、フィジカルを挟むことでよりデジタルに適応しようとする認知変化のプロセスです。それは我々が認知的にも身体的にもデジタルとフィジカルの消滅するそう遠くない未来を目指すものでしょう。転換のその先、2015年はどのような速度で進んでいくのか、ビジネス、政治、宗教、テクノロジー、芸術、あらゆる面で注視していく必要があります。
*1 グローバリゼーションの必携の例であるマクドナルドでさえも、進出しているのは121カ国であることを考えれば、”Happy”のトリビュートビデオが153カ国からアップロードされているという数値がいかに驚異的なのはわかると思います。これはまさにトーマス・フリードマンが『フラット化する世界』で言及した現代のグローバリゼーション3.0において、その担い手は最早大企業などではなく、個人や小グループだということを裏付けるものでもあります。
*2 デジタルとフィジカルのスパイラル構造的なシェアというものはマーケティングだけではなく、世界規模的かつ学際的な近年の大きな変化として捉えられるべきでしょう。ことビジネス界隈において3Dプリンターを用いたシリコンバレーのソフトウェア企業のハードウェア進出であったり、ハードウェア企業のソフトウェア進出であったりと、もはや珍しい例でもなくなってきています。