イラクとイスラム国をめぐる情勢がふたたび大きく動いている。
まず、国内のスンニ派を抑圧し、今度の危機の際にも頑な態度で問題を難しくしていた首相のヌーリー・マリキが退陣を表明した。新首相の指名を受けた穏健派のハイダル・アバディはおなじシーア派の連邦議会副議長だが、国内からはもちろん、アメリカ政府やシーア派のイラン政府、スンニ派のサウジアラビア政府からも支持を受けているようだ。これで、私が以前書いた新秩序を切り拓くための最低条件は整ったことになる。
そして、19日、イスラム国はイラクで空爆を続けるアメリカ政府への報復として人質の斬首動画をYouTubeに公開した。処刑されたのは、2012年末に拉致され行方不明となっていたフリージャーナリストのジェイムズ・フォーリーで、同政府がイスラム国に対する軍事作戦を停止しないならば、同じく人質となってるスティーブン・ソトロフとおぼしき人物も処刑すると宣言した。イギリスでは、映像内の執行人が「英国訛りの英語」を話したことで騒然となっている。
ポイントはふたつある。
まず、イスラム国はこれではじめて条件付きの反アメリカ姿勢を世界に示したことになる。 国際武装組織のアルカイダやタリバーン、アフリカのボコ・ハラムとは違い、彼らはそもそもイスラム過激派として反欧米路線を踏襲してこなかった。むしろ、ラナ・デル・レイやワン・ダイレクション、グランド・セフト・オートのバロディ画像を無邪気にアップし、映画版『V for Vendetta』の首狩りシーンが大好きだとシェアしているあたり、文化的には慣れ親しんでいることが容易にうかがえる。
そして、イスラム国(に限らず、イラクやシリアの反体制派武装組織)にはかなりの数の先進国出身者が参加している。社会常識的には、ソーシャルメディアで流されている彼らのイデオロギーにもともと親和性があったひとたち、具体的には移民2世、3世が中近東に渡ったと考えられているが、日本人スパイとして拉致された湯川遥菜のことなどを踏まえると、宗教性は彼らの繋がりに本質的な位置を占めていないように私には思える。
インターネットの普及と発達により、 2000年代後半以降はホームグロウン・テロリズムが現象として可能になった。同時に、仮想現実の覇権に対する自然な反動として、ジャック・ホワイトの新作がアナログレコードの売上歴代記録を20年振りに更新したように、思想家の東浩紀がリアルな「弱いつながり」の重要性を説くように、少なくないひとたちが実際の戦場に真実を見出して身を投じていった。
イスラム国の思想的問題は、米国のファーガソンで起こっている暴動やロシアのウクライナをめぐる民族主義、イスラエルとハマスの紛争再燃とは明確に異なっている。それは、仮想化社会の過剰さに対する強烈な反動というテクノロジーの進歩と人間の退行を問う問題と、国家や宗教、文化未満のヒトのきわめて身体的な社会性のより繊細な領域を問う問題との二重性にある。
米国のオバマ首相は、イスラム国のイデオロギーは破綻している、21世紀の世界に彼らの居場所はないという声明をだしたが、現実にはこれは間違っている。イデオロギーが破綻しているがゆえに彼らは21世紀の世界になお居場所をもったのだ。近代の古い認識の枠組みをすぐにでも捨て去り、今日の現実に適した新しい概念の枠組みを作りださなければならない。