グルメ批評と情報評価の難しさとは何か?

現代の日本では、何事に対しても批評という行為が公の言論空間から抹殺されていますので、幼児的な自己中心性を否定し、俯瞰的な「神」の視点を打ちたて、そのもとで自身を規律化し、固有の自己として、個人として、自由と責任を負いうる主体として、動物から人間に成熟するという知性の構成原理と価値判断の限界を論じることにはある種の徒労感を覚えます。しかし、小保方問題でだれもがわかったように、価値判断を敢えてしないという競争戦略は、個としても、組織としても、日本経済のようにかならず破綻します。

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物事に価値判断を付けることは、今日のように人や物や情報が大量氾濫している社会においては、実用主義的な考えからいってもきわめて有効な戦略です。実際、私のように事前に物事の値踏みをするというかたちで方法的に使っていないまでも、少なくないひとが良し悪しという価値を無自覚に重視している様子が見受けられます。

私が問題にしたいのは、批評的知性、正確には、特定の価値基準のなかで物事の良し悪しという序列を個が判断することには原理的な2つの限界が付き纏うことです。ひとつは、伝統的に観ても、近代科学を動かしてきた価値秩序に対する懐疑の知性ではないということ。つまり、特定の価値基準の外が意識されたものではないため、ある種の独断論の壁を原理的に越えられないことです。

もうひとつは、対話記録で語っているとおり、価値判断がそもそも知性主導でなされていることに原理的な限界と、人間の謂わば心の闇が生まれる秘密があります。この問題はきわめて危険で、深刻で、面白いものです。

さて、立教大学院で美食研究をされている永木三月さんとの対話の前篇では、食における芸術的な価値と品質管理の違いから、現代統計学の基本的なアイデアである[p2p type=”post_tag” value=”thomas-bayes”]ベイズ[/p2p]の定理の歴史、戦後日本の製造業の躍進と品質管理の関係、「食べログ」の評価システムの問題へと話が展開し、後篇では、経験から学ぶということをエレガントに定式化したベイズ/[p2p type=”post_tag” value=”pierre-simon-laplace”]ラプラス[/p2p]の確率論的な世界観をもとに、情報評価の本質的な難しさを、グルメ批評の具体的な問題として論じています。

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今回も無料ダウンロードできますので、大学の研究室や退屈な講義では聴けない知的遊戯をお好きなときにお楽しみください。

羊谷知嘉の対話記録

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グルメ批評と情報評価の難しさとは何か?
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立教大学院で美食研究をしている永木三月さんと、羊谷知嘉が、食の美と品質管理の違いなどから、現代統計学の基本であるベイズの定理の数奇の歴史、戦後日本に品質管理の手法をもたらした統計学者デミング、食べログの評価システムの問題など、価値と批評をめぐって縦横無尽に語り尽くします。
Author
羊谷知嘉

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