小熊英二を批判する、朝日新聞の「枝葉末節」な慰安婦虚偽報道は何故問題なのか?

8月5日の朝日新聞朝刊で、同社の慰安婦報道を検証する特集記事が掲載された。

日韓関係における慰安婦問題は、朴槿恵大統領の自国民向けの扇動戦略と外交戦略による報道記事を除いても、当時の集団的自衛権問題とあいまり、ソーシャルメディアなどで知人からまわってくることも少なくなかった。勿論、それらの多くは慰安婦問題に注意を喚起させるものだったが、5日以降はふしぎと急に止まってしまったように思われる。

一方、当然ではあるが、プロガー界隈では議論が再燃している。私が日常的に情報をみている範囲に限ってもいくつか重要な指摘がなされている。

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こちらは、産經新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏による現地報告。アメリカでの議論と糾弾が実体験でもって語られており興味深い。

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さらにこちらは、ドイツ在住の川口マーン恵美氏による上記記事を受けての現地報告。ヒトラー政権下の国防軍が、国内、紛争地、および占領地全域で大規模な売春所を運営していた事実にふれており興味深い。ニュルンベルクの文書センターには、オリジナルの証拠書類がきちんと残っているという。

勿論、売春婦として働かされたのは、川口氏によれば、美女として選び抜かれた「占領地の女性、および、女子強制収容所の女囚」にほかならない。

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余談だが、川口氏はドイツ国内のエネルギー問題についても記事を書いており私も何度か参考にさせてもらっている。原発問題にどのような態度をとるにせよ、ドイツの再生エネルギー推進政策が全面的に失敗したことは踏まえなくてはならない事実だろう。

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8月6日の朝日新聞デジタルに社会学者の小熊英二氏が「ガラパゴス的議論から脱却を」と題した文章を寄稿している。もともと日韓慰安婦問題について書く気はなかったのだが、小熊氏の文章には今日の脆弱な知性の混乱が良く示されているのでそうした批評的観点からとりあげる。氏は、反原発運動にも積極的に参加し、野間易通氏らを代表とする「首都圏反原発連合」に当時の野田佳彦首相らとの対話の機会をとりもったことでも知られる。

先に断っておくが、「軍人や役人が直接に女性を連行したか否かだけを論点にし、それがなければ日本には責任がないと主張する」という「日本の保守派」への批判は、皮肉なことにガラパゴス的な意味で間違っている。普遍的な倫理や人権的観点から売春に問題のあることは当然である。そのうえで、組織的、強制的にさえおこなわれたと云う流布された話が社会常識化し、国際的に議論もままならない状態に陥っているのだ。

慰安婦問題への批判の力点を前者におくのならば、日韓両国間に限ってはならないし、強姦と売春を紙一重でわける文明性のパンドラの箱をあけて戦う決死の覚悟が必要だろう。自称リベラル派のポジショントークの武器としてはあまりに深刻で謎めきすぎている(ことさえわからないのだろうが)厄介な問題だ。

 

慰安婦問題が1990年代になって注目されたのは、冷戦終結、アジアの民主化、人権意識の向上、情報化、グローバル化などの潮流が原因だ。

冷戦期の東アジア諸国は、軍事独裁政権の支配下にあり、戦争犠牲者の声は抑圧されていた。元慰安婦は、男性優位の社会で恥ずべき存在と扱われていた。80年代末の冷戦終結、韓国の民主化、女性の人権意識の向上などがあって問題が表面化した。韓国で火がついた契機が、民主化運動で生まれたハンギョレ新聞の連載だったのは象徴的だ。

日本でも、自民党の下野と55年体制の終焉(しゅうえん)、フェミニズムの台頭があり、経済大国にふさわしい国際化が叫ばれていた。

情報化とグローバル化は、民主化や人権意識向上の基盤となった。しかし、このことは同時に、民族主義やポピュリズムの台頭や、それに伴う政治の不安定化も招き、慰安婦問題の混迷につながった。

大きな変化を念頭にこの問題をみると、20年前の新聞記事に誤報があったかどうかは、枝葉末節に過ぎない。とはいえ、今や日韓の外交摩擦の象徴的テーマとなったこの問題について、新聞が自らの報道を点検したのは意義がある。また90年代以降の日韓の交渉経緯を一望し、読者が流れをつかむことを助けてくれる。

慰安婦問題の解決には、まずガラパゴス的な弁明はあきらめ、前述した変化を踏まえることだ。秘密で外交を進め、国民の了解を軽視するという方法は、少なくとも国民感情をここまで巻き込んでしまった問題では通用しない。

具体的には、情報公開、自国民への説明、国際的な共同行動が原則になろう。例えば日本・韓国・中国・米国の首脳が一緒に南京、パールハーバー、広島、ナヌムの家(ソウル郊外にある元慰安婦が共同で暮らす施設)を訪れる。そして、それぞれの生存者の前で、悲劇を繰り返さないことを宣言する。そうした共同行動を提案すれば、各国政府も自国民に説明しやすい。50年代からの日韓間の交渉経緯を公開するのも一案だ。困難ではあるが、新時代への適応は必要だ。

via ガラパゴス的議論から脱却を 小熊英二さん(慶応大教授):朝日新聞デジタル.

「情報化とグローバル化」という大きな変化を念頭に観ることは間違いではない。マクロな展開からものごとを捉えなおすことは人文社会系知識人としての最低限の作法であるだろう。が、小熊には、朝日新聞の「枝葉末節に過ぎない」誤報が結果として甚大な影響を及ぼしうる複雑系のスケール変化が掴めていない。初期入力のわずかな差が全体の産出に大きな「ブレ」を生むように日本国内のとある全国新聞社の継続的な誤報がたとえ枝葉末節だとしても、国際規模の変化を結果的に生みだすことは理論上現実にありえるのだ。

思うに、小熊は今日の歴史のとらえ方を方法的に真似しているに過ぎないのだろう。単純系の過度に理想的な因果関係で現代的な捉えかたをするからこのような初歩的な思考の誤ちを犯す。私見では、国家資本主義国の奇妙に捩じれた内政や、現代技術にスポイルされ、インターネットでかえって先入観を強化させていく大多数の人間たちにも同じ時代倒錯が巣食っている。

とはいえ、思考の現代性の問題を差し置くにせよ、事実の真偽に関わることを「枝葉末節に過ぎない」と断ずるのは研究者として致命的だろう。真偽不明の事物の洗いだしさえ学者が放棄したら後には何の仕事が残るのだろうか? 反面教師としての役割は担っていることを祈りたい。慶応大学は、学術研究者ではない者を正規の教授に雇い入れている。

また、小熊は秘密外交の放棄というかたちで「各国政府も自国民に説明しやすい」共同行動の提案を「新時代への適応」として提起している。しかし、チンパンジーの表立った序列争いがディスプレイによる威嚇合戦でおこなわれるように、政治的行動は常に象徴的な身振りであらざるをえず、プロパガンダの起源の根深さは有史を遥かに越えている。活動家としての小熊英二はこの程度のことも踏まえられないほど浅薄な政治の見方しかできないのだろう。

 

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小熊英二を批判する、朝日新聞の「枝葉末節」な慰安婦虚偽報道は何故問題なのか?
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羊谷知嘉のツール批評:「軍人や役人が直接に女性を連行したか否かだけを論点にし、それがなければ日本には責任がないと主張する」という「日本の保守派」への批判は、皮肉なことにガラパゴス的な意味で間違っている。普遍的な倫理や人権的観点から売春に問題のあることは当然である。そのうえで…
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