科学者が語る、社会の思考の枠組みが転換するとき

グレゴリー・チャイティンという驚くべき独創的な人物を発見し、『メタマス!』、『ダーウィンを数学で証明する』と読んできた。チャイティンは、アルゼンチン出身のユダヤ人数学者で、アルゴリズム的情報理論の創始と停止確率Ωを証明したことで知られる。

技術的、専門的な部分はさっぱりだが、チャイティンの発想と数学以外の(つまり、私の得意とする)分野への言及もたいへんに鋭く興味深い。以下の内容は、科学者の創造性と政治ないし社会の衝突の章から。

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チャイティンは、科学哲学者の[p2p type=”post_tag” value=”paul-feyerabend”]ポール・ファイヤーアーベント[/p2p]の『方法への挑戦』を引きながら、社会は科学者に方法と剛直性を押しつけ、「科学者は、剛直した社会に埋もれている限り、柔軟にはなりえない」と述べ、真に独創的たらんとした科学者たちのおもしろい逸話を紹介している。

19世紀の自然科学者マイケル・ファラデーは、ある政治家に、電気の発見は何の役にたつのかと尋かれ、「赤ん坊は何の役にたつでしょうか? いつの日にか税金をかけることができるのです!」と答えた。

同時代の数学者カール・ヤコビは、純粋数学を何故研究するのかと尋かれ、「人間の精神の名誉のためだ!」と答えた。

現代の進化生物学者[p2p type=”post_tag” value=”leigh-van-valen”]リー・ヴァン・ヴェーレン[/p2p]は、生物の創造性と有性生殖を説明する「赤の女王」仮説を見出したが、彼の論文は何度もリジェクトされた。結局、ヴェーレンは自身の論文を掲載するための学術雑誌を創り、行動の自由を守るために研究助成金を申請することもなかったという。

そのほか、ノーベル物理学賞受賞者のジュリアン・シュウィンガーの常温核融合の論文や、イタリア人発明家アンドレア・ロッシの低エネルギー核反応炉の研究の不運にもふれているが、量子論の創始に貢献したマックス・プランクの以下の言葉を最後に引いている。

 

新たな科学的真理の勝利は、反対者を納得させて真実を見るよう仕向けることによるのではなく、反対者がやがて世を去り、その真理を熟知した新たな世代が成長することによる。

via トマス・クーン『科学革命の構造』

図書館や大型書店の新刊棚をこまめにチェックしていると、 この1、2年で、リーマン・ショック以後のアメリカの尋常ならざる危機感と新しい世代の登場(と待望感情)を良くあらわした本が翻訳されていることに気付く。たとえば、ドン・タプスコットの『マクロウィキノミクス』や、ニコ・メレの『ビッグの終焉』などだ。

彼らの本で描かれている新しい世代の人間は、 私自身も含め、日本でも僅かながらあらわれはじめている。共通するのは、世界観の基点が仮想性の側にあり、問題解決志向がきわめて強いことだ。かんたんにいえば、彼らは本気で世界(のようなスケールが大きい「ビッグ」)を救うことが従来のあり方の破壊とともにできると信じているし、実際にそれを可能にするようなデジタル技術が発展した世界を生きており、生き抜き、乗りこなしてもいる。

ただしこの現象は、何度も書いてきたように[p2p type=”post_tag” value=”islamic-state”]イスラム国[/p2p]に顕著にみられる深刻な問題と表裏一体でもある。

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文明史的視点でみれば、[p2p type=”post_tag” value=”socrates”]ソクラテス[/p2p]の生きた古代ギリシアも、[p2p type=”post_tag” value=”gautama-buddha”]釈迦[/p2p]が生きた古代インドも、諸子百家の古代中国も、ルネサンスや啓蒙主義の時代も、何らかの事情で社会が情勢不安に陥り、人間の流動性が高まった時期だった。

環境が彼らをかたち作った面もあるだろうが、実際には彼らを社会的に成立させたと考えた方が実情に近いだろう。社会性の根本に哺乳類や鳥類特有の模倣性がある以上、危機に瀕した社会は常にあたらしい元ネタをもとめ続ける。たとえそれが馬鹿げたものであったにせよ、だ。

チャイティンもまた、以下のように述べている。

古代ギリシャがどれほど創造的だったか、古代エジプトがどれほど退屈なまでに安定していたかを、考えてほしい。ギリシャは島や山によっていくつもの都市国家に分かれており、その小ささゆえ唯一無二の個人が影響を及ぼすことができたが、エジプトはその地理ゆえに、中央が広大な領土を強力に支配し、あらゆる変化を抑え込むことができた。

社会が生き延びるためにはある程度の統一性が必要だが、度を越して創造性を完全に捨ててしまってはならない。一部の個人にはある程度まで規則を破らせることで、微妙なバランスを取らなければならない。現在は、巨大な官僚組織によって創造性が細かく管理統制されており、明らかに間違った方向へ進んでいる。

via グレゴリー・チャイティン『ダーウィンを数学で証明する』

私がいちばん恐れるのは、「反対者がやがて世を去る」のを待っているあいだにひとや世界が取り返しのつかないことになることだ。中程度以下のスケールであれば、何事もあとほんの少しだけ良くし続けことができる。理論上のボトルネックは、短期間で物事を良くしていく近現代特有の発想が人類にとって新しすぎることだけだろう。

社会は、それ自体の証明と、第3者の保証を受けた「物」だけを受け容れる。アイデアは排除される。そして、加速度的な時代の進歩にともなってこの両者の溝が過度にひらいたことに今日の、とりわけ、日本社会の問題があるといえる。このサイトは、社会に拒否された、あるいは承認をあてどなく待ち続けるアイデアたちが集まる場所にしたい。

マックス・プランクの認識は、詰まるところあまりに古く賢く悠長なのだ!

 

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羊谷知嘉のハックノート:文明史的視点でみれば、ソクラテスの古代ギリシアも、釈迦の古代インドも、諸子百家の古代中国も、ルネサンスや啓蒙主義の時代も、何らかの事情で社会が情勢不安に陥り人間の流動性が高まった時期だった。
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羊谷知嘉

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